再挑戦

宿舎に戻った理沙。
2日間戻らなかっただけなのに、部屋は氷のように冷え切っている。
とりあえずは居間に入り、部屋の電気をつけようとしたところで、人の気配を感じてあわてて部屋の電気をつける。
クラッカーの音が居間のあちこちから、そして4人の同僚が部屋の陰から姿を現した。
「少尉、おめでとうございます!」
4人に取り囲まれて、理沙は状況をすぐには理解できなかった。しかし、サプライズを仕掛けたのだという事を理解した。
「みんな、あたしのためにありがとう」
部下の一人が握手を求めてきたのだが、理沙はやんわりとその手を制した。
「残念ながら、ダメでした」


翌日に基地に出勤すると、まずは上司である少佐に面接の結果を報告した。
そして何事もなかったかのようにコントロールルームに入り、昨夜サプライズを仕掛けてきた部下とはちょっと目を合わせただけ。
シフトの引継ぎを行い、士官席にいつものように座り、コンソール上の表示に注意を集中した。
職員は徐々に削減が始まっていて、理沙の配下の部下は12人まで削減された。さらに、要員の入替も同時に行われ、
理沙が赴任当時からの部下は、今では7人にまで減っていた。
職員が行った対応事例はシステムに取り込まれ、監視業務における自動化率は90パーセントを超えていた。
そして、1週間が過ぎ、1か月が過ぎ、半年の日々が過ぎた。アラスカに再び春がやってきた。


*     *     *     *

「少尉には大変お世話になりました。これからは新しい職場で今までの経験を生かします」
部下がまた一人基地を去った。軍の予算削減と業務のシステム化の状況を察知して、転属前に見切りをつけた者は、
果たしてこれからどうするのだろうかと理沙は危惧していた。
「具体的に何をしたいのか、しっかりと決めてからの方がいいよ」
よく考えれば、部下とは5歳も年は離れていないのである。その5年間で学べることはいろいろとあるわけだし、
自分と同じように士官コースを選択することも彼らには勧めてはみたものの、理沙に相談をもちかけてきた時点で、
既に進路を決めてしまっている場合がほとんどだった。
一人だけ、理沙に対して逆に質問をしてきた者もいた。
以前、1泊の小旅行で湖のほとりのホテルに行った時、将来の不安について尋ねてきたあの女性兵である。
理沙の右腕としてサブリーダー的な役割を果たしてくれた彼女も、つい1か月ほど前に退職した。


「少尉は、また挑戦されるのですか?」
彼女からの退職理由を聞き終えて、理沙はもう彼女の意志は固いと考え、引き留めないことを決めたその時である。
「ああ、宇宙飛行修士号のこと?」
彼女は頷いた。
「少尉には、ぜひとも再チャレンジして欲しいと思っています」
実は、宇宙飛行修士号のことを理沙は半ば諦めていたところだった。
テキサスでのNASA関係者との面接の際に、士官学校の技術研修過程での成果や、今後考えているキャリアと、
どのような貢献ができるのかについてアピールもかねて淡々と説明した。
面接会場で試験官と同席していた、中佐クラスの人物からはなにも質問されず、面談は終わり。結果は不採用。
静かに反省してみると、決定的な何かが欠けているのではないかということに徐々に気づいてきた。
「彼らが求めているのは、ものすごく壮大なプランじゃないかと。見た目以上の何かをあたしに求めているのかも」
では、何かがあるのかと言えば、決定的なものがなかった。
士官として開発局のプロジェクトを指揮して、成功させる。
しかし、民間企業の若手の方が様々なアイディアを持っていた。月に基地を作るとか、火星で農作物を作るとか、
その程度の事であれば既に事業プランとしてスタートしている。
「少尉、本当に期待しています。できると思います」


*     *     *     *

自分が手本になって、先陣を切ってやろうと考えた。
ある日、少佐から呼ばれて、今後の人員体制についての話題になったときに、理沙は話を切り出した。
「修士プログラムに、再挑戦したいと思っています」
ほぉ。。。。と少佐は小さくひと息つき、机の上で手のひらを重ねて少しの間考えていた。
「実は、この先を考えた時に、あたしは理沙にこの基地をすべて任せたいと考えていました」
少佐も自分の今後の事を考えて、引退も選択肢にしていたようだった。
「この基地に赴任して、たったの1年半なのに非常に高い成果を発揮してくれました。あなたの今までの経歴は非常に
ユニークなものだと思っていますが、あなたには非常な適応能力と管理能力があります」
言われて理沙は非常に嬉しかった。それゆえに、基地を離れて新しい職場でチャレンジするということは、
少佐に対して非常に申し訳ないという思いになったが、じっくりと考えた結果でのことである。
「少佐にはなんと言ったらいいのか、非常に悩みましたが、チャレンジしたい気持ちがまだ残っています」
少佐は自身の転属をとりあえずは思いとどまった。
「まぁ、いずれはこの基地も完全自動化されるのでしょうね。その日まで見届けるか。。。。」


面接の際に、無言のままでじっと理沙の事を見ていた中佐は何を考えているのか。
たぶん、彼が理沙の不採用を決めたのではないか、そんな予感がしていた。
軍のデータベースで、彼の現在の立場と職歴を改めて調べたところ、補給システムの担当で、軍の兵站について管理し、
ロジスティクスの改善について提言し、軍内部でもそれなりの立場にある人物だった。
前線で働く戦闘員や、それらを管理する指揮官達と比べると、目立つ立場ではないので脚光をあびることはないが、
過去の戦争の事例を振り返ると、兵站こそが軍の命運を握ると言われていて、重要度は非常に高い。
NASAのプロジェクトに首を突っ込んでいるのは、何かを期待しているのではないか、
補給システムという観点で、大きく将来を眺めているのではないかと理沙は推測した。
つい最近では、1000トンの物資を衛星軌道上に投入できる、巨大なシャトルの建造プロジェクトにも彼は関わっていた。
そのシャトル、ヘビーリフターと呼ばれるシャトルの初飛行は、2年前に行われた。


士官学校の食堂、ちょうど昼食を食べていた時に、フロリダのケネディ宇宙センターの一角で、
ヘビーリフターの初飛行が行われようとしていた。
午後からの実験装置の準備の事で理沙は気を取られていた。映像の中でのそれは、ずんぐりした100メートル以上の大きさがあり、
黒くて鈍く光っており、異様な感じがした。
打ち上げ2分前の秒読みで、いったん中断し、再開時期は調整中ということになり、気分が萎えた理沙は食事を終えると、
午後からの実験準備に集中した。そして夕方に実験準備が終わったところ食堂に立ち寄ると、
ヘビーリフターの初飛行成功のニュースが扱われていた。ああ成功したんだと、打ち上げ当時の録画映像を眺めながら、
研究仲間といっしょに食事をした。
ヘビーリフターは1段式の大型シャトルで、そのままの姿で帰還する、全再使用型の宇宙船である。
20基以上の大出力の推進システムで上昇し、高度300キロの衛星軌道にペイロードを投入し、大気圏に再突入して、
再び推進システムを噴射して着陸する。初飛行は地球を2周しただけだったが、すべて問題なく成功した。
ヘビーリフターの飛行が成功したことで、宇宙開発のスピードは桁違いに速く進展することが期待された。
衛星軌道上に拠点を作るにしても、少ない打ち上げ回数での建設が可能になるし、それは工期の短縮にもつながる。
巨大な太陽光発電所の建設や、宇宙空間での資材の生産拠点、月や火星の基地建設、
さまざまなプランが一気にブレイクスルーしそうな勢いだった。
その案件にも関わっていた中佐、果たして将来に向けて何を考えているのか、理沙は気になった。


*     *     *     *

上司からの推薦も得られ、理沙は再びテキサスに向かうことになった。
前回同様に、書類選考ではパスして、あとは面接試験だけだった。
しかし、いまだに前回の面接試験での反省が生かされていないと思った。レポートはとりあえず一旦作り上げてみたものの、
何か決定的なものが足りない。悶々とした気持ちのままでテキサスに向かう事になり、
NASAの事務所に行く前日、理沙はダラス市内のホテルに泊まった。
ダラス空港からそれほど離れていない場所で、時々離着陸する飛行機が窓から良く見えた。空港が光り輝いている。
ベッドの上に横たわり、果たして今回は大丈夫だろうか、中佐の前で決定的な何かをアピールできるのだろうか、
そんな事を考えている中で、思いはいつの間にか米国に渡ってからの日々の振り返りに変わっていた。
小さなアパートでの初日、将来への不安を抱えながらベッドの上で悶々と過ごした夜。
日雇いのような仕事に明け暮れた日々、ようやく仕事に慣れたと思えば、理不尽な理由で解雇されて、
西海岸から東海岸に移動し、ありついた仕事は再び会社の方針で人員削減。
ふと思いついて軍に入り、士官学校での過酷な訓練の日々と、天国のような研究過程。
アメリカ大陸を何度か飛行機やバスで移動したことを思い出した。バスでの移動は大自然を感じて非常に印象的であったが、
ふと、西海岸から東海岸へ移動した時に、乗り換えのために立ち寄ったアトランタ空港のことを思い出した。
何かを思い出して、理沙はベッドから飛び起きた。
もしかしたら。。。。と、一旦作り上げたレポートを眺め、思い立ったように書き換えを始めた。



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