太陽系ロジスティクス

試験官と、同席している中佐。面接のメンバーは前回と全く変わらない。
そして前回と同様に、現在の職場での立場と職務に関する当たり障りのない質問から始まった。
これは単に気持ちをほぐすための前振りのようなもの。10分ほどの会話の後で本題に入る。「さて、それでは」
NASAで自分が、どのような分野で貢献できるのかについてのプレゼンテーションの時間である。
昨夜大急ぎで書き直したレポートを、理沙はディスプレイ上に表示した。
[新たな太陽系のハブ&スポーク]とのタイトルは、特に飾るところのない、非常に平凡なものだった。


「兵站が勝敗を左右すると、常に言われています。どのような戦争も兵站次第で勝ち負けが決まるものです。
地球からようやく月や火星に足を伸ばし、生活の拠点を確立しようとしている今、では、次のフロンティアは何か?
そんな課題が目の前に見えてきました。ただ行くだけではだめです。生活を確立するためには物資の調達が必要です。
月では極点に大量の氷が発見されたり、表面の土壌からはヘリウム3が採取されたりしています。
火星には、少々加工が必要ですが土壌を利用した植物の栽培が可能です。水も極点や地下深くから採取可能です。
小惑星は、まだ調査が始まったばかりですが、鉱物資源が豊富で、太陽エネルギーが比較的十分利用できるのが利点です。
では、その先、火星よりも遠い世界での生活を確立するには?」


「その前に、私事になりますが、私の考えのもとになった出来事について触れたいと思っています。
といっても、もうかれこれ数年前になりますが、士官学校に入る前に、私はあちこち職を転々としていました。
東京で生まれて、学校卒業後は4年ほど昼夜のアルバイトをしながら生活していました。
本土に渡ってからの2年間も、不安定な職場を渡り歩いていました。
東海岸に次の職場が見つかり、西海岸から飛行機で移動したとき、トランジットで私はアトランタ空港で半日待ちました。
巨大なターミナルと滑走路が何本もあり、飛行機が1分間隔で離着陸していました。
その時はなんとなく空港の忙しい風景を眺めていたのですが、頭に残っているその風景がアイディアのヒントになりました」


「アトランタ空港は、旅客の中心であるとともに、物流の中心拠点でもあります。
航空物流会社を立ち上げたとある人物は、大学生の時に航空物流の革命ともいえるような仕組みを考え実行に移しました。
アトランタ空港を中心とした、ハブとスポークのような関係の物流システムを作り上げました。
地方から貨物を積んだ貨物機がアトランタ空港に集結し、荷物を降ろして空港内で行き先別に再仕分けされて、
貨物機がその仕分けされた荷物を地方に持ち帰る。説明されればなんだと思えるようなシンプルな考えですが、
何事も、最初に実行する人間が成功のチャンスを勝ち取るものです。
私は同じようなことを、太陽系の中でも実現できないものかと考えました。
太陽系の中でのハブとスポーク、木星を中心としたロジスティクスの仕組みです」
ディスプレイには、太陽系全体が表示された。地球の位置が表示され、木星の位置が表示された。
理沙は中佐の様子をうかがった。まだ、食い入るように聞いているようには見えなかった。


*     *     *     *

「木星を開発対象とするプランは、既に始まっています」
深宇宙の探査計画に関わっている、試験官の一人が理沙の説明に口を挟んだ。
「ディスカバリー計画ですね。私もそのプランには非常に関心を持っています」
理沙と、その試験官との会話がしばらく続いた。
2030年代から徐々に進められ、5年前には宇宙船の組み立てが始まり、組み立ての終わったパーツから次々に地球低軌道への
輸送が行われて、出発に向けた準備が着々と進められた。
「木星には、上層大気を中心にヘリウム3が大量に存在すると言われています。実際にディスカバリー計画では、
突入探査機で調査も行われるようですが、時間をかけてじっくりと調査する必要があるかもしれません。
もし見つかれば、木星を核融合燃料の補給基地とする、太陽系内のハブ・スポークの関係が構築できると私は考えます」
「そう簡単にいくかな?」
今まで一度も、その声すら聞いたことがなかった、中佐がそこで口を開いた。
「確かに。。。。」
不確実要素ばかりで、正直なところ理沙は全く自信がなかった。
「今の時点では、全くの夢物語です。ですが、木星を太陽系のアトランタ空港にできれば、物流や兵站が変わります」


ガス惑星の木星は、地表を持たない事、また巨大な重力せいもあり、人間が居住するには全く適していない。
せいぜい4大衛星に拠点を作ることができる程度だが、木星に住むことについて理沙はこだわりはなかった。
「核融合燃料を供給することを主な目的として、木星の開発プランをまとめてみました。
これからの調査結果により方針は大きく変わりますが、大気中からヘリウム3と水素を採取し、
周回軌道上に建設したプラントで、ヘリウム3と水素を精製します。精製プラントには宇宙船が離発着する港を併設すれば、
宇宙船が木星に立ち寄って燃料補給をして、さらに遠い惑星へと足を伸ばす拠点になります。
建設のための物資は、しばらくの間は地球や月に頼ることになりますが、ゆくゆくはトロヤ小惑星を利用します。
核融合推進システムの実用化が大前提になりますが、この木星を中心としたハブとスポークの構築に、
私は貢献したいと考えています。
実現できれば、太陽と惑星の重力に頼って、風任せのように太陽系内を航海していたのが、拠点間を最短コースで結ぶ、
効率の良い太陽系内の物流システムが構築できます」
「わかりました」
口数の少ない中佐。理沙をまっすぐに見つめると、言った。
「では、実現までに何年必要と見積もっていますか?」
理沙は即座に答えた。
「30年ほどかかるかと」


*     *     *     *

理沙のアイディアは一蹴された。
もう少し現実的なプランを期待していたのか、とにかく不確定要素が多すぎるのと、ようやく木星への有人探査に着手しようと
しているところ、30年で木星を中心にした物流システムを構築するなどばかげている、との否定的な発言が続いた。
とはいえ、理沙は一蹴されることを予想していた。無難で実現可能なプランも採用にあたってのアピールにはなるが、
突拍子もない考えの方が、理沙の性に合っていた。
かつてのジョン・F・ケネディも10年で月に行くと宣言した時には、アメリカはまだ宇宙に人を送り出すことすらできていなかったが
しかし、東西冷戦の中、国民の気持ちを高揚させるには新しいフロンティアが必要だった。
21世紀の新たな冷戦の中で、木星探査計画も同様の一騎打ちの状況になろうとしていた。
宇宙船ディスカバリーが建造されているのと同じ頃、中国がどうも同じような計画をしているのではないか、
そんな情報が公になってきたのは、「ディスカバリー」の建造が完了し、月と地球の間でのテスト飛行を始めた時の事だった。
中国が月の向こう側の地球/月ラグランジュ2に基地を建設しているというのは、2030年代から分かっていた事だったが、
輸送船が頻繁に地球とL2の間を往復し、大量の物資を運んでいる事がわかり、監視の目が向けられた。
決定的だったのは、原子力推進システムが輸送されて、その建設中の基地に接続された時だった。
そして突然に中国は木星探査計画を発表した。宇宙船は[楊貴妃(ヤン・グイフェイ)]と命名された。


*     *     *     *

NASAからは特に結果の通知もなく、理沙はしばらくの間は悶々とした日々を過ごすことになった。
もちろん、そんな気持ちを表情に出すことなく、日々の業務に集中した。
そして1か月の日々が過ぎ、2か月が経った。
アラスカには再び冬がやってきて、基地の要員が再度削減され、要員は理沙が赴任してきたときと比較して7割も削減された。
合衆国と中国の、木星探査の競争に関するニュースが徐々に多くなってきたが、理沙にとっては外の世界での出来事のように思えた。
「ディスカバリー」は準備を早急に終わらせ、いざ出発というところで、原子力推進システムの不具合が発覚し、
かなり深刻だという事がわかり、出発は一旦見合わせることになった。その間にも中国側は着々と準備進め、
「ヤン・グイフェイ」は4人の乗組員を乗せて、意気揚々と木星へ出発した。今回も合衆国は出遅れてしまった。
当初の出発予定日から半年遅れて、「ディスカバリー」は木星へ向けて出発。
両宇宙船からのニュースが日々伝えられている中、理沙がいつものように基地へと向かい、いつものように帰宅すると、
理沙宛にNASAからの通知が届いていた。
「あなたのプレゼンテーションに興味を持ちました。もう少し考えをお聞きしたいと思います」
あの中佐からだった。



「サンプル版ストーリー」メニューへ