決断を迫られる

辺りが炎に包まれ、強烈な熱さのために叫び声を上げそうになる。
もがき続けてもなかなかその炎の中から脱出することができない。
目の前の座席が体を挟んでいて、身動きがとれない。
窓の外から空港の消防車やレスキュー車がやって来るのが見えたが、作業が緩慢に見えて、
自分がこれほどまでに苦しんでいるのに、なかなか助けの手を差し伸べてこないように見えて、苛立った。
叫んでも聞き取れないのか、やがて炎に包まれたシャトルの機体の消火活動が始まった。
体中、あちこちから激痛がやってくる。
なかなか身動きが取れないので、いったいどうしたものかと、再び窓の外を見る。
レスキュー隊が機体の壁に手をかけて、懸命に引きはがそうとしている。
[もっと早く]
心の中で理沙は叫ぶ。
やがて意識が遠のいてゆき、深い眠りについた。


暗闇の中で、まわりの喧騒だけがなぜかリアルに聞こえてくる。
何を会話しているのか、理沙にはよく理解できなかった。
きちんとした言葉で会話しているのだが、ところどころに理解できない語句があり、それがさらに理沙を苛立たせることとなった。
目を開けようとしても、なぜか瞼が開かない。まるで瞼が接着剤で塞がれているようである。
ならば手でなんとか開けようと思ったのだが、腕も動かない。
というよりも腕が存在しているような感覚がない。
あるべきものがその場所にないので、動かしたくても動けない。脚にも力が入らない。
では、自分はいったいどんな状態にあるのか。
強烈な焦りの気持ちがやってきて、ベッドの上に寝かされている状態で、体をよじらせながらなんとかしようとした。
すると、電気的なショックのようなものを右腕の部分に感じた。
その後徐々に痛みのようなものが快感に変化してゆき、
理沙は再び無意識の中に沈んでいった。


その後、どれだけの時間が経過したのか。
夢を見たような感覚はなかった。生暖かく快適なベッドの上でただ寝ていただけのようである。
右目だけが、ゆっくりではあるが瞼を開くことができるようになってきた。
外は薄暗く、光る画面のようなものが見える。
首を少しだけ動かすことができたので、非常に長い時間をかけてほんの30度ほど右を向いた。
2人の医師のように見える人物が、こちらに背中を向けてなにやら会話をしている。
非常に長い時間の2人の会話。やがて理沙の方に向かい、顔を覗き込んできた。
自分に対して何やら話しかけてくる。
言葉自体は分かっているのものの、どう反応をしたらいいのか、言葉が出なかった。
言葉は聞き取れても、反応することができない。そもそも発声しようとしても声にならない。
首を切開されているので、声が出ないと医師の一人が言っているのがわかった。
意思疎通が非常に困難だった。


そして次の日も、その次の日も、同じ2人の医師がやってきて理沙のことを観察していた。
看護師が24時間つきっきりで理沙のケアをしてくれているのだが、体を動かされるたびに四肢の感覚に違和感を感じる。
体全体が非常に軽い。両腕、両脚が存在しないように思える。
首が固定されているので四肢の状態を確認できない。
部屋の中は暗く、壁にある時計の時刻から時間の経過を確認することもできない。
一日のうち、ほとんどの時間を寝て過ごす。
意識がぼんやりとしているので、薬品で無理やり休まされているようにも思える。
そんなぼんやりした意識の中で、男女2人が目の前に現れた。見覚えのある2人。
マスクをしているが、リーダーとヴェラであることを認識するまでには、それほど時間はかからなかった。
「ようやく目が覚めたみたいね」とヴェラ。
しかし、2人ともなぜか非常によそよそしい態度。いったい自分の身に何が起きたのか。
発声できないものの、理沙はもごもごと口ごもりながらも、懸命に2人に尋ねる。
「なんとか助かってよかった。一時はどうなるかと思った。。。。」
自分が言ったことが通じたのか。
しかし、リーダーはそこまで言いかけて、無言になってしまった。
ヴェラも無言のまま。自分の体を見ながら何かを気にしている。
起き上がって、自分の今の状況を尋ねたいと思った。
しかし、ベッドに体を固定されていて動けない。
2人は神妙な表情で部屋を出ていった。どうにかしたいのだが、どうにもならない。
ただ焦りの気持ちだけが残る。


*     *     *     *

リーダーとヴェラは、別室で医師から理沙の状況についての説明を受けた。
理沙と作業員5人を乗せたシャトルが、ダラス空港に着陸しようとした際に、
不安定な天候により発生したマイクロバーストにより機体は制御を失い、滑走路上で大破。
さらには発生した火災によりパイロット含め5人が死亡、生き残ったのは理沙含め2名。
集中治療室で意識不明の状態のもう一人と比べれば、意識があるだけまだ良い方だったが、
事故により両足と右腕切断。全身火傷を負って、絶望的な状態だった。
もし理沙が自分の姿を見たら気を失うかもしれない。
ヴェラは声を上げて泣きだしそうになっていた。
リーダーはそんな彼女の肩を支え、さらに続く過酷な説明を聞き続けた。
重篤な状態は既に脱したので、内臓は健康に近い状態にあり、栄養をしっかり採りながら回復の道を歩むことは可能だった。
問題はその後の事だった。
火傷を負った体の回復をどうするか、さらには失われた腕と脚をどうするか。
「ひとつ、可能な方法があります」
医師が2人に淡々と説明を始めた。
画面上に理沙の現在の状態が表示され、体の各部位の損傷と今後のダメージについて示されていた。
「体の残った部分を活用して、生き続けることは可能と考えています。体を補助する部品を取りつけることも」
「人工の手足?」
リーダーが尋ねると、医師は頷いた。
「既に何万人もの人が利用して、十分な実績があります」
医師は、理沙の両足の付け根から、人工の両足に置き換えるシミュレーション画像を示し、
次にはその両足を人工の皮膚が覆い、右腕にも同様の処置が行われるところを示した。
重度の火傷を負った全身も同様に、人工の皮膚で覆われていった。
「あとは、彼女が希望するかどうかですが」


首の辺りに取りつけられていた人工呼吸装置に、人工声帯が取りつけられた。
「これで会話することが可能と思います。ゆっくりと、なにか喋ってみてください」
理沙はゆっくりと息を吸い込んで、あ~~~、とまずは声を出してみた。
自分の意志が神経を伝わり、首の神経に取りつけられたセンサー機器が電流の変化を捉え、解釈し、
人工声帯に動きが伝えられた。
医師が紙に書かれた文字を読み上げ、理沙が復唱する。
ゆっくりとだが自分の思っている事が声に出せるようになる。
「私は。。。いったい。。。どうなって。。。しまったのですか?」
これだけの発声が可能になるまでに、2週間の時間がかかった。
それから先は、徐々にではあるが意思疎通が加速した。
食事も、点滴のみだったのが、流動食を看護師の助けで食べる事が可能になった。
首を動かして、理沙は全身が包帯で覆われている事を確認できたが、四肢が存在しているのはわかった。
しかし、感覚は全くない。
「そのうちに、動けるようになりますよ」
看護師からそのように言われて、とりあえずは栄養を採って、徐々に体力をつけてゆくことに理沙は注力した。
会話が普通にできるようになったのは、訓練を始めて2か月ほど。
「さて、今日の気分はどうですか?」
その日も、医師は明るい声で理沙に語りかけてきた。
「ええ、おかげさまで。毎日の食事が楽しみになってきました」
「私もこうやって、普通に会話ができるようになって良かったと思います」
そこで。と前置きしてから、医師は、
「そろそろ次の段階に進みたいと思います。あなたは本当に気持ちの強い方です。必ず良くなると思います」
いったい何の事を言っているのかと、理沙は思った。
「両手、両足を元のように動ける状態にしたいと思っていますが、あなたの気持ちを確認したいです」


天井をぼんやりと眺めながら、さきほどの医師の説明を理沙は再び思い起こした。
両腕、両足が存在するように見えるのは、シリコン樹脂製の単なる形だけのもので、実際の理沙の手足ではない。
リハビリで動けるようになると思ったのだが、
今見ている両腕、両足は心理的ダメージの緩和のために取りつけられたもので、恒久的なものではない。
医師は今後に向けての治療方針について理沙に説明をした。
脳と内臓はそのまま生かし、人工の骨格で全身を支え、神経を生かして人工の筋肉組織を動かす。
重度の火傷を負った皮膚は、人工の皮膚に置き換えて見た目元通りの状態にする。
人工の四肢、骨格、皮膚は、個別には実際の治療に使用されて、実用レベルに到達しているものの、
ここまで一気に、一人の人間に適用される事例はまだない。
実質的には全身の3分の2がサイボーグ化されることになる。
「非常に長時間の手術になります。成功の確率も、現時点では非常に低い」
地球に向かうのを、1日だけ待っていれば、もしかしたらこんな事にはならなかったのかもしれない。
ほんの少しの焦る気持ちが、正常な判断を狂わせて、事故に巻き込まれてしまった。
それでも、なんとか生き延びることはできた。
理沙は決断を迫られていた。
今回は正常な判断できるのか不安を感じた。


*     *     *     *

取りつけられていた、シリコン樹脂製の手足が外されて、理沙は自分自身についての過酷な現実を実際に目で見た。
前日に、医師から再び問いかけられたとき、理沙は既に気持ちの整理はついていることを話し、手術を承諾した。
手術の状況を、リーダーとヴェラもガラス窓の向こうから見守っている。
かなり長い時間になる、手術の内容についての説明が2人には事前に行われていた。
いつからか、理沙には気にかかることが1つだけあった。
見慣れない男が一人、今日も窓ガラス越しに理沙の事を見守っていた。
彼はリーダーとヴェラから少し離れた場所で、2人と会話することもなく、ただ見守るだけ。
医師達とは時々何かを会話しているように見えた。
医師たちの説明に時々頷き、やがて深く頭を下げると部屋を出ていった。
「あの方は、医療関係の方ですか?」
理沙が主治医に尋ねると、
「そうです。今回の治療に関する技術的なマネジメントが担当です」
理沙の顔の前が、呼吸装置で覆われた。透明なマスクからようやく辺りの様子が見える。
「ゆっくりと呼吸してください」
ひとつ、ふたつ、と医師が数えるのに合わせて、理沙もゆっくりと呼吸をした。
そして徐々に意識が遠のく。


浮遊しているような感覚、なぜか体が軽やかに動く。
誰かに手を引かれて歩いているようだった。
辺りの風景がぼやけているのは、霧の中なのか。そういえば朝方なので風景はこんな感じなのだろうか、
そんなことを思ったりしたが、理沙は手を引かれるままについていった。
時々見上げて、手を引く人物の事を確認しようとしたが、あたりの霧のせいなのか顔も確認できない。
声が時々聞こえているような気がした、このままついていけば大丈夫だと言っている。
声には温かみがあり、それが不安な気持ちを払拭してくれる。
坂道を上がって、家の玄関の前にたどり着いた。見覚えのない家。
ドアが開いているのか、そのまま中に入り、部屋の真ん中にイスが1つだけの部屋の中に入った。
[ちょっとここで待っていなさい]
理沙はイスに座り、しばらくの間待たされた。気がつくと目の前に誰かが同じようにイスに座っていた。
「理沙、今日はこれからどうするの?」
以前、東京のオーディション会場で初めて会った、あの歌手だった。



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