「エンデヴァー」命名裏話

「さて」
会議テーブルに集まった広報担当6人。それと
事業団長官。
主任がさっそく画面を表示させる。
「現時点での状況です。トップ10はこんな感じですが」
新型宇宙船命名候補 得票数
01  ミレニアム・ファルコン 1,120,356
02  エンタープライズ 1,118,617
03  ディスカバリー2 906,229
04  コロンビア 851,221
05  ギャラクシー 701,459
06  エリザベート 621,227
07  エンデヴァー 530,004
08  チャレンジャー 417,785
09  ニルヴァーナ 372,417
10  ユナイテッド・ステーツ 354,998
広報官の長い溜息。
「やっぱり、根強いなぁ。。。。」
「そりゃそうでしょ」
上位2つに全員の注目が集まる。
たかが宇宙船の名前。されど宇宙船の名前。
米国だけでなく、全世界的に熱狂的なファンが根付いている2つのSF作品。
最初の作品が発表されてから、かれこれ80年近く経つものの、
主作品もとより、スピンオフ作品まで作られていまだに終結の気配なし。
登場人物、登場する宇宙船は数えきれない。
その中で最も人気の集中しているのがこの2つの名前である。
過去にも宇宙船の命名の場面では必ずこの名前は登場していた。ただし、
「また、騒動が起きるかもしれませんよ」
騒動どころで済まされるものではなかった。
過去には命名の結果を不服として一部の熱狂的なファンが暴徒と化して、互いに流血の騒ぎとなり、
警察や軍が出動する結果となった。
もうこりごりだ。
「今回も選択肢からはずします」
一同、何も言わず静かにうなずく。
「ワープエンジンが付いているわけでないんだし」
主任のその発言は、全員から無視された。


*     *     *     *

ディスカバリーについては、これもまた過去に禍根を残した名前だった。
再起への思いがあるのかもしれないが、失敗はもう許されない。
2030年代、中国がある日突然に公表した木星への有人探査ミッション。
米国を出し抜いて宇宙強国になるという目標を、いちおう2030年代には達成し、火星へ進出。
その次にはどんな目標をぶち上げるのだろうかと注目していたところ、まさかの木星探査ミッション。
月の裏側で粛々と建造された宇宙船「ヤン・グイフェイ(楊貴妃)」は、予定通り4人の宇宙飛行士を乗せて出発。
遅れる事半年、対抗して米国が中心となって建造したのが宇宙船「ディスカバリー」
原子力推進システムはまだ未完成な技術であるにもかかわらず、国威発揚の名のもとに「ディスカバリー」も木星へと出発。
しかし、実情はどちらの宇宙船も問題を抱えた不完全なものだった。
やがて両宇宙船に悲劇が襲う。
木星到着まであと少しのところ、出発104日目に「ヤン・グイフェイ」は生命維持システムの故障で乗組員全員が死亡。
遅れて出発した「ディスカバリー」も、食料生産システムの不具合や、原子炉の不具合に悩まされた。
乗組員5人は生存の危機に直面した。
木星への旅は途中であきらめて地球への帰還が始まる。
しかしその道のりは苦難と生存の危機の旅となった。
乗組員の不屈の精神力と、地上スタッフの救出ミッションのための異常なほどの執念。
300日以上の救出ミッションにより、乗組員5名は無事に地球に帰還し、
過去のアポロ13号の救出ミッション以上に語り草になった「ディスカバリー」のミッションは、その後映画にもなった。
「でも、不吉な要素は極力はずしたいわね」
広報官の隣に座っている技術担当の発言は、重かった。


同様に、「コロンビア」と「チャレンジャー」
今では歴史の一部になっているものの、人身事故の映像は今でも教材として使用されている。
会議メンバー全員の暗黙の了解として、この2つも不採用となった。


その他にも、映画の中に登場する宇宙船であったり、有名になったドラマの登場人物だったり。
理由に想像のつくものばかりだった。
「誰だよ、公募しようなんて言い出したのは。。。。」
と言いかけて、広報官は気まずそうな表情になり、小さく咳払いした。


*     *     *     *

結果として、第7位ではあるが「エンデヴァー」が選定された。
可もなく不可もなく、無難な名前。
会議メンバー全員が無言で頷いたところで、
「よし、これで決まり」
長官はそこで初めて口を開いた。



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