先の先を見据えて

「そうですか」
机の上で手を組んで、大佐は理沙の事を見上げた。
「私も、あなたの事を手助けすることができなくて、非常に心苦しかった。大変申し訳ない」
「勘違いしていますね」
理沙の表情は明るかった。
まるで重荷から解放されて吹っ切れたような感じである。
「私はそんな風には思っていませんでした。とにかく真相を明らかにしたい、それだけです」
軍法会議が終わり、理沙に対する判決は下された。
当初、勝手な判断で高速連絡船を使用し、事故が発生した際に乗組員含め皆を見捨てて一人で救命ボートに乗り込み、
一人生き残った事については、軍士官としてあるまじき行為であり、事故についての責任含め重罪扱いになると予想されていた。
しかし、実施することに関してかなり揉めた理沙の記憶分析後から、すべてが変わった。
地球への早期帰還を目的とした、高速連絡船の使用に関しては責任追及されたが、単なる注意勧告で片付けられた。
営倉入りになることもなく、降格になることもなかった。
判決文は、裁判官が1分かからずに読み終えるほどの短いもので、判決が読み上げられたると理沙はすぐに解放された。
「でも、ここで辞めるとは、もう少し気持ちを落ち着けて考え直しても良いのでは」
「いいえ」
理沙は首を振った。
「判決は出ましたが、道義的責任はあると思っていますから」
自分の後任として、大佐は理沙に期待していたものの、気持ちはすでに固まっているようだった。
「では、あなたが辞める前に、ちょっと見せたいものが」
大佐は席を立ち上がり、理沙と一緒に廊下に出た。

*     *     *     *

裁判の記録を読み終えると、その男は会議テーブルの反対側に座っている部下に言った。
「なんだか面倒な事になりそうだな。今まで信じていたものを全て疑わなくてはならない」
軍法会議において理沙は、軍の規則に則った責任追及のみで、それ以上のお咎めなしとして片付けられたが、
真の問題、問題の真の原因にまで遡ると、軍の範疇では処理できない程の巨大なものであることが判明した。
わかった以上早速対応しなくければいけないものだが、対応方法については全く見当すらついていない。
「もしかしたら、今後同様の事は起こらないと思いますが、明日にでも同様の事故が起きる可能性も否定できません」
「そんなあやふやな予想をされても困るのだが」
2人とも、正直なところ途方に暮れていた。
裁判の記録は、今のところ数える事ができるほどの限られた人しか閲覧できない。
大統領でさえも、この裁判により判明した重大な危険については知らない。
「まぁ、この部屋での会話を誰かに聞かれて、明日には私たちがこの世から消されている可能性だってある」
「やめてください」
すぐに部下は反応した。
「私だって、冗談で言っているわけではない」
男は苦笑いをした。

*     *     *     *

見慣れない宇宙船の映像がテーブル中央にあった。
太くていかつい感じもするのだが、一目見て、機能的によくまとめられているデザインだと理沙は思った。
クラスター推進システムは、今までに見たことがないほどに巨大で、何のためにこれが必要なのか見当もつかない。
さっそく大佐はタスクチームを部屋に呼び、宇宙船についての説明をさせた。
「まだ、スタディの段階です。要件のみが提示されて、考えられる案として作り上げたのがこれです」
理沙がタイタン基地から地球へと向かう途中で、揚陸艦設計タスクは解散となったことを、理沙は最近知った。
揚陸艦設計はいったん白紙状態となり、チームはそれぞれ元々所属している部隊に戻された。
しかし、今回の件で再びメンバーは集められ、短期スタディのタスクとして立ち上げられ、4ヶ月ほどでタスクは完了した。
「要件の出どころについては明かせないが、まぁ、軍内部のとあるところからの指令とだけ言っておこう」
大量輸送システムについて考えているのは、なにも理沙の部隊だけではない。
全長が1800メートル以上になるこの宇宙船があれば、軍の部隊および兵器まるごと、惑星や衛星への上陸に必要な
ヘビーリフターだってまとめて一気に輸送することができる。
太陽系内であれば向かうところ敵なしの最強の輸送艦になりそうだった。
「これは、すでにまとめた新型揚陸艦の発展型としての位置づけです」
設計タスクチームが部屋に到着し、タスクリーダーからの簡単なプレゼンテーションが始まった。
3年前にいったんまとめた揚陸艦の基本設計を下地として、船の規模および推進システムのスペックをどのように設定したのか、
居住区画に求められるスペック、制御システムのスペックについて、淡々と説明が行われた。
巨大な宇宙船ではあるが、今まで積み重ねた技術がきちんと生かされており、無理に背伸びをしたところはない。
タイタン基地で十分に検証が行われた、閉鎖リサイクルシステムについても、理沙はじかに見てきたので、
技術的に全く問題ないと思った。
不明な点について理沙はいくつか質問をしたが、リーダーは迷うことも不安になる事もなく、淡々と答えていた。
なんだ、もう自分が面倒をみなくても大丈夫じゃないか。
しかし、最後に理沙が建造にあたっての予定期間とコストについて質問すると、リーダーは、
「あくまでも、今回の件はスタディであり、実現を前提としたものではありません」
なるほどね。
「今回の指令は、揚陸艦の発展型としてどのようなものが考えられるのか、まとめるよう言われただけです」
理沙はそれ以上リーダーに深く追及はしなかった。
自分の手が届かないところで、なにか大きな事が動いているのだろう。
もう自分の役目は終わったのだということを、理沙は実感した。

*     *     *     *

その同じ映像を、会議テーブルで眺めている女性士官。
「前回見た時よりもかなり具体化していますね」
会議テーブルの反対側に座っている担当士官は、顔が巨大な宇宙船の映像に隠れてしまってよく見えない。
担当士官は、彼女の顔が見える位置まで席を移動した。
「必要なデータは全て揃っています。推進システム、閉鎖リサイクルシステム、制御システム、あとはこれを作れるのかどうか」
「作れるのかどうかではなくて、いつ建造可能かだと思います」
映像を指で示しながら、女性士官は船体のところどころを拡大し、詳細なデザインの確認を続ける。
やがて緻密にまとめられた設計データをチェックし終えると、映像を消した。
「私は、命令さえいただければいつでも」
そして、席を立ち上がると担当士官に軽く頭を下げた。
担当士官は彼女に敬礼した。
「そのための準備もできています。設計データが揃えば3年で完成できると思っています」

*     *     *     *

「やはり、辞めるのですか」
「はい」
理沙は上司に頭を下げ、一歩後ずさりした。
「もう、決めました」
2日前に見た、揚陸艦の発展型プランを見て、もう自分が出る幕はないと思った事も理由の一つではあったが、
つい最近までの、軍法会議での非常な精神的プレッシャー、そしてタイタン基地での事故調査と、親友を失った事、
それらのすべての要因が理沙を極度に疲弊させていた。
気がつけば軍歴も40年になり、大佐になったばかりでこれからの指揮管理について、上官からの期待も大きかったものの、
辞めるかとどまるかの判断をするには、ちょうどいいタイミングとも言えた。
「これから先の、生活プランは?」
理沙はすぐに答えた。
「まずは気持ちを整理して、そのあとどうするかは決めています」
理沙はそろそろ部屋を出ていきたかったのだが、大佐はまだ何かを言いたそうだった。
「ひとつ、お願いが」
そして言った。
「あなたの母校である士官学校の卒業式がもうすぐなのだが、卒業生向けの訓示を求められていて、
卒業生であるあなたが話すのが適任だと思うのだが、引き受けてくれないだろうか?」
最後の仕事だと思って、との上官の言葉に理沙は気持ちを動かされた。
「わかりました」
理沙はそう言うと部屋を出た。
さて、訓示でいったい何を話そうか。



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