自動建造システム

画面表示をしばらくの間眺め、女性士官は思った。予想していたことがついに起こりはじめたと。
「兆候はあったのですか?」
「はい」当直オペレーターは進捗と作業品質を表すグラフを拡大表示させた。
「進捗曲線は予定通りです。ただし、品質に劣化の兆候が見られます」
目を凝らしてみないと分からない程度ではあるものの、ごくわずかながら生産されるパーツに劣化が表面化している。
対象となるブロックの生産工程表を表示させた。動力区画の核融合動力変換システムの建造工程に、
予定品質を下回るパーツが混在している。担当する自動建造ロボットも特定されていた。
「増殖初期の段階のSeedシステムです。第一、第二世代です。いよいよ寿命がやってきたのかと」
同僚中佐は腕組みしてオペレーターの説明をしばらく聞いているだけだったが、
「もともと、Metal-Seedは3年の寿命の予定だから、これからこんな例が山ほど出てくる」
原料となる小惑星にMetal-Seedシステムが植えつけられ、種が芽を吹き始めてちょうど3年。
Metal-Seedシステムはまだ実証実験段階だった。すでに木星で使用されている大量の原子力ラムジェット機の製造プラントで
使用可能なことは実証されているが、それでもプラント建造までの期間は1年半。今回は増殖工程も含めて4年。
「今回の事態も想定して、手は事前に打ってあります」
このプロジェクトがまだ計画段階だったころ、技術担当者に質問した時のことを、女性士官は振り返った。


*     *     *     *

増殖を表す曲線が画面上に示されていた。あるところで増殖は止まった。そして別なグラフ表示が重なった。
「システムの寿命は3年を想定しています。これ以上働かせるともう体がもたない」
担当者からの説明を聞きながら、女性士官はさっそく質問をした。
「人間の体と同じく、劣化が始まるということですか?」
担当者は頷いた。「完璧なシステムは存在しない」
別なグラフ表示は最初は徐々に、しかしその伸び率は指数関数的な伸びを示していた。
「私たちの体も同じことです。最初の1個の細胞から始まって、分裂増殖と分化を繰り返して人間となる。しかし個々の細胞には寿命があり、
細胞としては死ぬ。そして新たに増殖した組織細胞に置き換わる。新陳代謝があるから人間は生き続ける」
そこで。。。。と担当者は次の画面を示しながら言った。
「個々のMetal-Seedは細胞であるとともに、考える事の出来る1個体でもある。そこが難しいところです」
劣化したMetal-Seedが管理システムから割り当てられた分解者により破壊され、原材料に還元され、新品のMeta-Seedとして生まれ変わる。
「でも、まだ概念としてだけで、実用化はされていないんですよね」
女性士官からの質問に、担当者は痛いところを突かれたというような苦い表情になった。
「実験は進めています。しかしまだシミュレーション段階で、実のところあまり思わしくありません」
シミュレーション時の画像が続けて表示された。増殖が進むグラフと、3年後から始まる劣化曲線。
広い平面にたくさんのドット表示。ひとつひとつがMetal-Seed個体を示し、最初は赤色表示されていたのが黒に変わる。
分解者を示す緑のドットが現れ、黒のドットを飲み込む。再び赤のドットが生まれる。
あっ。。。と女性士官は小さく声をあげた。
黒のドットがある部分でクラスター状になり、一気に優勢になった。緑のドットの動きが追いつかない。
面全体の黒い部分が増えていた。劣化しているとはいえまだ動作はいるので、次々と緑のドットを駆逐していた。
ついに面全体が黒一色となり、すべてが終わった。


プロジェクト責任者も含めての決定会議の場で、女性士官は、
「この場は、意思決定の最終判断の場という事で、よろしいですね?」
責任者である大佐、女性士官にとっての上司である少佐は、何も言わずに頷くだけだった。
「STUの担当者からの連日の説明で、状況は理解しました。今回のプロジェクトの意義と、大きなリスクについても」
「それで、あなたの判断は?中佐」
正面に座っている大佐のことを直視したまま、1分近い沈黙が続いた。
「誰かがやらなければ、事は進みません。お引き受けします」
その後は、具体的な作業工程の最終確認と、プロジェクト開始手続きについての話し合いになった。
3人は、翌日の国防長官と事業団長官との会合の段取りをしながら、最終版の資料の読み合わせをした。
考えられるリスクと対応策の項目では、システム全体の劣化と、暴走問題について扱われていた。
最終手段としての対応は、現場での最高責任者である女性士官の判断に委ねられていた。


*     *     *     *

上司への報告と並行して、STUの技術担当者には今回の事態を想定した復旧プログラムの実行について、改めて説明を受けた。
上司からも実施判断に対する了承を得た。「修復プログラム、開始」
女性士官の開始命令で、オペレーターは手続きを開始した。常時3名ほどしかいない中央制御室は、今日も異様なほど静かだった。
画面中央の小惑星にも、なにも変化は見られない。全ては小惑星内部の建造ドックでの出来事である。
修復プログラム実施のための手続きと、軍上層部とのやりとりに数日かかり、その間女性士官は非常にじれったい思いをした。
待っている間にも劣化は確実に進み、宇宙船建造作業にも目に見えるほどの影響が出始めていた。
修復プログラムが開始されると、システムはMetal-Seedの一部を分解者として割り当てた。
分解者は劣化したMetal-Seedに対して捕食と破壊を始めた。原材料に分解されるまでに約10日。作業進捗はその期間低下する。
しかし、問題が起きなければ新陳代謝が進み、遅れは取り戻せるはずだった。
女性士官は半日を中央制御室で過ごし、非番の半日も自室で同僚中佐からの非常連絡を待った。
想定される非常時、女性士官にはすべてをなかったことにする権限が与えられていた。
劣化したMetal-Seedが暴走し、手が付けられなくなったとき、彼女が非常時のキーワードを実行することで全てが終わることになっていた。
小惑星内部の奥深いところに、メガトンクラスの核爆弾が設置されている。
女性士官がキーワードを入力すると核爆弾が小惑星含めすべてを破壊する。至近距離にいる工作船も含めてではあるが。


*     *     *     *

結局のところ、恐れていた最悪の事態は回避された。
新陳代謝は進み、劣化したMetal-Seedは分解されて新たなMetal-Seedの原料となった。
一時的にMetal-Seedの総数は減り、作業の進捗は少々低下したが、2か月後には遅れを取り戻すことができた。
動作に問題がない事が確認できたので、修復プログラムは止めることなく、動作継続されることになった。
Metal-Seedはこれでようやく実用に耐えるものになったと、STUの担当者から女性士官に対して喜びの声があったのは数日前。
しかし、女性士官にとっては彼らからのねぎらいの言葉も、軍上層からの賞賛の言葉も、どうでもいいことだった。
世の中の喧騒の陰に隠れてひっそりと、巨大なリスクとプレッシャーの中でただ淡々と任務を遂行するだけだった。
一日の終わりには、前日の作業レポートをコピーして、日付を今日の日付に書き換えてプロジェクト管理者に送る。
そして、ベッドに横になり、久しぶりで壁に留めてあるフォトプレートを手に取り眺めると、眠りについた。



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