レーザー発振基地

「必要とされる部品は、確保いたしました」
管理職会議の場で、実施主任が淡々と作業の進捗報告をする。
特に発言や意見もなく、会議室は異様なほど静かだった。
報告が終わると、実施主任は、
「では、組み立て作業に取りかかりますが」
そして、彼は理沙の方に視線を向けた。
「始めてください」
理沙は実施主任にそう言うと、満足そうな表情でイスに深くもたれかかった。
そして彼女は直子と大佐に目を向ける。2人とも小さく頷いていた。
前行政官の方に目を向けると、少々不服があるような表情ではあったが、意見は出なかった。
全員の表情を確認したあとで、実施主任は画面の向こう側、作業プラットフォームEの作業リーダーに作業開始指示を行った。


作業プラットフォームE、F、Gの3箇所で、レーザー発振基地の建設が始まった。
もともとは太陽系外へレーザー光帆船探査機を飛ばすために、強烈なレーザー光を発振する為に設計されたものである。
当初、60基建設される計画であったのだが、
太陽/地球L3の大容量レーザー発振基地計画のコンペに負けて、一旦作る目的は失われた。
しかし、水面下で企業とのコネを利用し、レーザー発振装置中核部品の設計データの入手に成功すると、
現場で手に入れる事が可能な部品を流用し、3基だけではあるが、建設の見通しが立った。
計画では、木星の極軌道に3基のレーザー発振基地を投入し、木星の強烈な磁気圏内に蓄積されている電磁場エネルギーを
大容量キャパシタに取り入れて電力として貯蔵し、蓄積した電力でレーザー光を発射する事になっている。
レーザー発振基地建設を公表してから1か月ほど経つのだが、地球政府からは非難の声明はあるものの、
まだ具体的な制裁等の動きには至っていなかった。
「田舎者たちが、政府に反抗してもムダと思っているのかしら?」
実施主任と一緒に、居住区画を歩きながら、理沙はふとそんな事を口にした。
「それとも、何か対抗策でも持っているのか」
居住区画では、プレハブ住宅の建設が最近始まっている。
公園や、ところどころにある住民交流の場としての広場が、すべて住宅用地に変わっていた。
「知られたくないから、静かにしているというのは、十分あり得るわね」
「しかし。。。。」
商店街まで歩いてきたところで、辺りがあまりにも家が密集しているのを見て、実施主任は言った。
「これだけ人をここに集めたら、かえって危険じゃないですか?」
6つの作業プラットフォームの住民のほとんどを、この居住区画に集結させることを理沙が発表したのは半月前。
この件に関しては、管理職の間でも論争になった。
ガニメデやカリストに避難させるという方法も、別案として検討すべきとの声もあがった。
宇宙船であれば、丸腰丸見えの状態であるし、逃げ場もない。
「居住区画の耐久性には、自信があります」
理沙は、この宇宙船設計にあたっては、揚陸艦としての設計思想のもと、実戦も想定した耐久性も考慮していると説明した。
15年前の、揚陸艦の仕様まとめにあたっては、理沙は耐攻撃能力を一番重要視していた。
外から丸見え、逃げ場がないというのは承知の事。
強烈なレーザーの攻撃に耐え、外部からの補給なしで1年間の自給自足が可能とする事、との考えの元、
理沙は要求仕様書を提出し、軍を退役した。
その後を継いでプランを実行したのが直子であり、自動化建造システムの助けも借りて船を完成させた。
会議の場で、直子は理沙の発言に援護射撃した。反論は押さえつけられた。
「もちろん、不測の事態には備えますけど」
会議の場で理沙は、居住区と管理ブロックについては、ガニメデから輸送された氷のブロックで保護することにした。
氷により強力なレーザーの熱から保護するとともに、核爆発による熱線や高速中性子に対するシールド効果も考えての事である。
実施主任は、それ以上話を深掘りすることはやめた。
個人的には地球にいる家族の事が日々心配ではあったが、行政官と中佐の強い意志の元、覚悟を決めるしかないと思っていた。
半ばあきらめの気持ちもあるが、ほんの少し希望のようなものも心の中には存在していた。
しかし、理沙も直子も表向きは気丈に振舞っていたが、一抹の不安がないわけでもない。

*     *     *     *

理沙と直子たちが住んでいる巨大宇宙船が建造された、太陽/地球L3のドックでは、
新しい宇宙船の建造が進められていた。
しかも、1隻だけではなく、2隻建造されていた。長さは各々800メートル。
巨大宇宙船建造の際に、直子と一緒に建造に関わっていた中佐は、プロジェクト完了後はいったん地上勤務となったが、
再び宇宙船建造のために呼び戻された。
巨大宇宙船を建造したドックを利用して、再度宇宙船建造するということで、中佐は気分が高揚したのだが、
設計データに目を通すと、背筋が冷たくなるのを感じた。
設計の要求仕様書のとりまとめは、15年前に大佐だった理沙。
その後タスクチームが設計書の前段階までとりまとめて、軍上層に提出したものの、予算承認が通らずに保留。
当時はまだ、800メートルもある揚陸艦の使用は軍としても想定しておらず、
自動化建造システムを全面的に使用し建造することも、当時まだ自動化建造システムが技術的に確立していない為計画はストップした。
その前向きでない気持ちに風穴を開けたのが直子だった。
理沙がタイタンでの事故調査と、その後の木星で巻き込まれた事故に関する軍上層部からの尋問、
その後軍法会議での責任追及で振り回されている間、
直子は自動化建造システムを全面的に使用した、揚陸艦発展型プランを作り上げた。
なんとも皮肉なものだ。中佐は今回の指令についてそんな感想を抱いた。
揚陸艦は2年弱で船体が完成、巨大宇宙船建造の際に大問題になった、増殖劣化のアクシデントも一切なかった。
ドックのシールドは既に全開になっていた。
「では、引き出し開始」
彼の合図で、1隻目がゆっくりと建造ドックから引き出されていった。
全体が引き出されるまでに1時間ほどかかり、続いて2隻目が引き出された。
船体の形は、10年前にかかわった巨大宇宙船と似たようなもので、大きさが半分になっただけである。
離れたところにある艤装ドックに2隻が格納され、これから1年かけて出発に向けた準備が行われる。
前回の建造プロジェクトで行動を共にした直子、そしてこの揚陸艦の仕様書を最初にまとめた理沙は、
現在のこの状況を知っているのだろうかと、彼は2人のことが心配になった。
そして、間もなく命令が下るであろう、揚陸艦の向かう先についても彼はおおよそ想像がついていた。

*     *     *     *

16時の会議を終えて、理沙と直子は作業プラットフォームから宇宙船へと戻る途中、
旅客ターミナルの展望ラウンジ近くまでやってきたところで、展望窓から船の方を眺めた。
船全体を見渡す事のできる窓から眺めると、ちょうどヘビーリフターがガニメデから氷のブロックの輸送を完了したところで、
氷のブロックが船体に取り付けられようとしていた。
先週から作業が始まったばかりなので、進捗状況はまだ1割にも達していない。
それでも、氷のブロックが居住区の壁面に取りつけられているところを見ると、実感が湧いてくる。
「本来、あのブロックは」
理沙は窓の外を眺めながら、直子に言った。
「恒星間の高エネルギー粒子から、内部を保護する為のものなんだけどね」
太陽系を脱出し、目的の恒星へと向かう途中、船は恒星間の高エネルギー粒子の嵐に立ち向かう必要があるのだが、
氷のブロックを装着し船体を保護するというのが、本来のプランであった。
今回は、核兵器の攻撃から船体内部を守るために、氷のブロックが装着される。
「恒星間の旅が、本当に実現すると思ってる?」
直子からのその問いかけに、理沙はすぐに反応した。
「ええ、もちろん」
しかし、コンマ数秒の微妙なタイムラグを、直子はしっかりと見抜いていた。



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