退役勧告

レーザー発振基地の建設は、引き続き順調に進み、
3週間ほど前には、中核部分である発振装置部分が組みあがったので、出力20パーセントでの性能テストが行われた。
1万キロほど離れたターゲット衛星に対しレーザーを発射して、想定通りに破壊されるかどうかのテストである。
3基の衛星のコントロール室も兼ねることになる、宇宙船の中央制御室で、理沙はテストを見守った。
[キャパシタへの電力充填完了]
実際には、木星の強烈な電磁場帯からエネルギー充填が行われる事になっているのだが、
今回のテスト時は、作業プラットフォームからの電力供給によりエネルギー充填が行われた。
[ターゲット設定、完了]
実施主任は制御コンソールの前に座り、既に発射ボタンに手をかけていた。
「全て準備完了。10からカウントダウン開始。。。。5秒前」
そして彼の発射の合図とともに、ほぼ同時にレーザーが発射され、ターゲット衛星は一瞬にして弾け飛んだ。
中央制御室内は数秒間静かだったが、理沙が拍手をすると、あちこちからまばらな拍手が沸き起こった。
「お疲れ様」
理沙は実施主任のそばまで近寄り、彼の肩に軽く手を置いた。


その様子を、少し離れた作戦指揮テーブル席から眺めている直子。
理沙の拍手に合わせて、彼女もまた拍手をしたが、今の彼女は全く別な事に気を取られていた。
そもそも、拍手しているような心境ではない。
それは直子の隣で同じように拍手している大佐も同じだった。
テストの数日前、直子は理沙に唐突に言った。
「あたしと大佐は、クビになるかもしれません」
その事にすぐに反応がなかったので、直子は少々拍子抜けしたのだが、やがて理沙は言った。
「なかなか言い出しにくい事ね」
それは、理沙にとっては想定の範囲内であった。
実際のところ、以前からこのようになる事は予想済みだった。
軍本部から見れば、今回の件はクーデターにも等しい事であり、
上層部からの命令一つで、直子も大佐も簡単に解任することは可能である。
「なにもかも淡々と事が進んで、はい、今日からあなたは用済みです、って事よね」
最後の一線はまだ越えていないが、その一線に向けて着実に事を進めており、
一戦を交わす前に軍は手を下して、理沙に勝手な行動をさせないようにするという事だろう。
すでに事業団側は今回の件について及び腰であり、国からの最後の一声があれば、全ては水の泡となるだろう。
しかし、理沙からの次の一言に、直子は拍子抜けしてしまった。
「で、直子ちゃんはどうするつもり?」


その日は早々にやってきた。
[軍上層は、大佐と中佐を解任いたします。宇宙船の管理権限をすべて剥奪し、職務停止とします]
通達は即時実行された。
後任の司令官が軍から派遣されるまでの間、理沙が宇宙船の管理者権限を持った唯一の管理職となった。
管理職3人は、軍上層からの通達を会議室で静かに聞き、ほんの数分の短い通達のあとは、
重苦しい沈黙が会議室内に漂った。
理沙の長いため息。そして彼女は2人の表情を交互に眺める。
「長年の職務、ご苦労様でした」
直子と大佐は無言のまま、小さく頭を下げて席を立った。
しかし、会議室ドアの前で直子は立ち止まり、理沙の方を振り返った。
口元にはほんの少し笑みを浮かべている。
理沙はその笑みに、意味深なものがありそうな気がした。

*     *     *     *

翌日も直子と大佐は会議室に現れた。
「おはようございます」
まるで何もなかったように、直子はいつものように会議テーブルの定位置に座る。
「いったいどうやってここに?」
理沙がそう言ったちょうど同じタイミングで、大佐も会議室に入ってきた。
「セキュリティゲートへの情報更新がまだみたいです。たぶん」
呆れたように笑いながら、直子は言った。
理沙はすぐに、自分の端末で管理者権限情報にアクセスし、直子と大佐の権限を確認したが、特に問題はなかった。
「誰かがサボっているんじゃないかと」
直子が会議室にいること自体が想定外だったが、理沙は動揺していることは隠して、
作業プラットフォームEとレーザー発振基地の進捗会議をいつものように行った。
会議が終わると、直子は席を立った。
「ちょっと確認に行ってきます」
最寄りの移動用シャフトに乗り、中央制御室へと向かって行こうとする直子を、理沙は慌てて追いかける。
「あなた、自分のやろうとしている事わかってる?」
「ええ」
直子はすっかり落ち着き払っていた。
中央制御室に到着すると、セキュリティゲートもいつものように難なく通過する。
直子は中央制御室のスタッフ達にいつものように挨拶し、艦長席に向かう。
理沙が前に立ちはだかって、直子の事を制止した。
「ここから先は入らないで」
しかし、彼女の制止もやんわりとかわして、直子は艦長席の承認タッチパネルに触れる。
「確認します」
直子の右腕首がタッチパネルに触れる。
すぐにタッチパネルは緑に点灯し、コンソールには軍のID番号と顔写真が表示される。
「確認完了。特に問題なし」
誇らしげに、直子は理沙の事を見つめている。

*     *     *     *

その事は、船のシステム起動の際にすでに可能となっていた。
太陽/地球L3の、宇宙船建造ドックから引き出されたばかりの巨大宇宙船を眺めながら、
直子は、果たして自分にその事が可能なのだろうかとふと思った。
宇宙服に身を包む前に、彼女は腕に装着するリストバンドの使い方について、技術者から説明を受けた。
「まず、中央制御室に到着したら、このリストバンドを艦長席の辺りにあるタッチパネルに触れてください」
自動増殖システムが建造したばかりの宇宙船には、スタッフが作業するためのコンソール席も、セキュリティゲートも、
移動用シャフトもまだ整備されていない。
構造物だけのむき出しの船内では、宇宙船の起動を行うためには少々特殊な作業が必要だった。
「これは管理者権限を持った者だけが使用可能な、特殊な承認キーです。タッチパネルに触れて承認されれば、
そのあとは自由に船の操作が可能になります」
その後直子は、ただ一人船の中に入り、暗闇の中でヘルメットのライトを頼りに中央制御室へと向かった。
長い移動用シャフト用のトンネルを抜け、軽く垂直に飛び上がって中央制御室へと向かう。
中央制御室へ入ると、技術者に言われた通りに、リストバンドをタッチパネルに触れる。
タッチパネルが緑に点灯するとともに、それは起こった。
目の前に光の洪水が現れる。
暗闇の中で、大きなドアが開いたような光景が見えたかと思えば、ドアの向こうから光の洪水がこちらになだれ込んできた。
こちらに襲いかかってくるように見える光の洪水。
しかし、自分のすぐ目の前で、その光の洪水は自分を避けるように二手に分かれた。
まるで光のカーテンが自分の両側に流れているように見える。
自分が光の中心部に向かって進んでいるように錯覚してしまうようなその光景。
30分ほど続いたように思えたが、終わりもまた始まりと同様に唐突にやってきた。
自分を取り囲む、中央制御室のディスプレイに軍での直子のID番号と、顔写真が表示された。
ふと時計を見たところ、先ほどから1分も経っていなかった。

*     *     *     *

「あなたの行為は」
指揮官席に座った直子を、理沙は問いただした。
「反逆行為じゃないの?」
意味深な笑みを浮かべているだけで、直子はしばらくの間何も言わなかった。
しかし理沙が再び問いただそうとしたその時、直子は言った。
「あなたも、同じような状況に追い詰められていたかもしれないのよ」
それってどういう事?と理沙は問いかけた。
「システム権限の剥奪対象は、あたしと大佐だけでなくて、あなたも同じ事よ」
実質的には、軍のプロジェクトとして建造された宇宙船なので、システムの中枢部分はすべて軍が掌握していた。
理沙の今回の反逆行為とも言える行動に対して、国と軍がシステム権限剥奪をもって報復するのはたやすい事である。
「いったい何が言いたいの?」
「前にも言ったけど、いつかその時がやってきたら話します、って言ってた事よ」
理沙の脳裏に、宇宙船の到着ロビーで直子と再会したあの日の事が再び鮮明に蘇った。
しかし、単に記憶の中から鮮明に蘇っただけではない。
目の前の作戦テーブルの前に、理沙と直子が立っているのが見えた。
目の前の理沙が、作戦テーブルの端のタッチパネルにそっと手を置く。
その時、2人を取り囲むディスプレイパネルが一斉に輝き、
まわりのスタッフ用コンソール席、指揮官席がすべてその光の中に飲み込まれた。
残ったのは、作戦テーブルを挟んで立っている理沙と直子2人だけ。



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