推進システムの推移

「ここには、派手なセレモニーもありません。演説もありません、それと・・・・・・・・。」
大佐は、30人あまりのスタッフを前にして、話をはじめた。
作業ステーションの窓からは、彼らが乗り組むことになる宇宙船の全体が見えていた。
「まだまだ秘密のベールがすべて取り除かれたわけではありません。・・・・・木星に無事に到着できるまではね。」
スタッフたちの間から、ちょっとした笑い声が聞こえていた。
大佐もそれにつられてくすっ・・・・・と笑う。
ちょっとだけ、皮肉をこめて言ったつもりなのだが。


さかのぼること110年前。
人々は、夜空に輝く新しい人工の星に驚愕した。
それはちっぽけな直径50センチほどの天体であったが、その日から競争は始まった。

「実現するのが難しいから、取り組むのであり・・・・・・・。」
10年間の期限付きではじめられたあるプロジェクトがあった。
月まで人類を到達させ、無事に帰還させるというプロジェクトであったが、非常な困難を乗り越えてその計画は実現した。
ハードウェアが非常に不安定で、力不足であるにもかかわらず、エンジニアたちは良く頑張った。
彼らの立てた旗は、今日でもその最初の場所にある。


そして、再び困難な状況の中で、次の目標への前進が始まった。
燃焼式の推進システムの次には、原子力推進システムを実用化する課題が待っていた。
人間にとって非常に危険のあるそのエネルギーを、いかに安全に、しかも安定的に使用できるシステムに改良できるか。
6人の人間を乗せた宇宙船が火星に向かう。
月への10日あまりの旅とは違い、年単位のスケジュールになるため無事に帰還できる確立は非常に低かった。
にもかかわらず、最初の火星宇宙船は完璧ともいえるフライトをこなした。
そして2号宇宙船も無事に帰還、3号の宇宙船が再び火星へと向かった。

「すべて異常なし、自動シーケンス続行。」
6人のクルーは、非常に和気あいあいとした雰囲気の中で、それぞれのシートに座っていた。
1年間の火星での予定を無事にこなし、火星を出発、火星を周回する衛星軌道で待機していた。
「7ヵ月後には、生でお会いできるんですね。」
その声は、10分の時間をかけて地球に到着した。
そして地球からの返事が再び宇宙船に届けられる。
しかしながら、地球からのメッセージが届いたとき、宇宙船の中ではもう和気あいあいとした雰囲気はどこかにいってしまっていた。
推進システムの突然の不調。
宇宙船は火星の軌道を離脱したものの、推力の不足で大きく本来の軌道をはずれてしまった。
宇宙船は、いまもまだ太陽を中心とした軌道をまわりつづけている。
6人は、殉職者となった。


「ハードウェアにはまったく問題ありません。問題があるのは制御するシステムです。」
こう言い切った一人のエンジニアがいた。
彼女は最初の木星・土星探査船のクルーの一人である。
次の時代の主力となる核融合推進システムのプロトタイプをテストし、さらには大量輸送時代のための管制システムの足ががりを
作るために、12人のクルーはいろいろな実験に取り組んでいた。
彼女は、地球で支援しているエンジニアたちに発破をかけた。
「・・・・現場で戦っているのは、あたしたちなのよ・・・・。」
わずか10日間の間で、プラズマ制御に関する数々の改善が現場で行われた。
それらはそれから30年近くの間でのマニュアル的事例集となり、そのときに作られた制御システムは今でも生きつづけている。
彼女は伝説のエンジニアとなった。

「これは、非常にちっぽけなスタートかもしれません。」
タイタンに降り立った彼女は、丘の上に立てた旗をバックにカメラに向かった話し始めた。
「これから50年、100年後、果たして私たちのことを思い出す人たちがいるのでしょうか?」
荒涼としたタイタンの大地を前にして、将来のことを予測するのは非常に難しい。
でも、そうだからといって、前に進むことを決してあきらめたりはしない。
「私たちのあとを受け継ぐ人たちが、これからも増えてゆくことを私は望んでいます。」
タイタンにはそれから生活拠点がいくつか作られた。
しかしながら、彼女が立ったその場所は、いまでも旗が一本立っているだけである。


そして、大嶋直子は自分の席に座って、今までのことを静かに思い出していた。
あの日からすでに30年以上の月日が流れている。
30人のクルーを前にして話したときのことを、そして木星に向かう55日間の旅のことも。
困難な事態を予測していたにもかかわらず、その最初の航海の間にはまったくトラブルはなく、スケジュールどおりに木星に到着した。
そして、最初の恒星間飛行に向けての数々の調整。
核融合燃料の大量供給システムの構築、5000人もの人々が安心して生活できる閉鎖空間の構築。
400年間もの航海でのシステムの安定運用。
忙しかったせいか、すべてがあわただしく過ぎていったように彼女には思えた。

直子はビュースクリーンのスイッチを入れて、外の様子を再びながめた。
自分の乗っている船も含めて、40隻近い宇宙船の集団がみわたせた。
あと2ヶ月のうちにすべて用意が整えば、60隻の宇宙船の集団は6光年はなれたバーナード星に向かうのである。


さて、出発式の時には何を話そうか。
あまりにも話すことが多すぎて、・・・・・・・・・・・考えをまとめるのには、少し時間がかかりそうだった。


                                                        − 指揮官語録(2103) −    



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