心の中の風景


昔、私がまだ小さかったころのこと・・・・・・・・・。


理沙には、わからなかった。
どうして、あたしにそんなに冷いの・・・・・?


鏡の中の自分の姿を見て、いつも思うこと。
・・・・・・・  お母さんと、似てない  ・・・・・・・。
2歳のとき、理沙と家族4人は東京を離れて、海に近い千葉のある町に引っ越した。
冬でも暖かいその町。
海沿いの通りを、一人で歩きつづける。
夕闇が迫っていた。
家に帰ろうか、それとも歩きつづけるか。
振り返ると、自分の家がどこなのかわからなくなっていた。
その場に立ち止まって、理沙は途方にくれる。
必死に探している親の姿が思い浮かんだ。


「 どうしたの? 」
理沙は声のするほうに目を向けた。
暗がりで、姿はよく見えない。
「 こんなところで、寒かったでしょ。 」
そのやさしい声で語りかける人が、理沙のすぐそばにしゃがみこんだ。
ほのかな甘い香りのする女の人だった。
「 お家はどこ? 」
あいまいに自分のやってきた方向を指差す。
不安でいっぱいの理沙に、彼女は終始笑顔で語りかける。
「 それじゃ、お姉さんと一緒に帰ろうね。 」
理沙は、その女の人に抱きかかえられた。
甘いその香りは、理沙のこわばっている気持ちをしだいに解きほぐしてきた。
やわらかいその胸に抱きかかえられているうちに、自然とその言葉が理沙の口から出る。
「 あたし、おかあさんの子供じゃないの。 」
女の人は、ふ〜んと小さく笑った。
「 どうして、そう思うの? 」
「 だって、あたし、お母さんとちっとも似てない。 」
女の人は、さっきより大きな声で笑った。
「 そんなこと、言っちゃだめ。 」
そして、言った。
「 どんなに嫌なことがあっても、お母さんはたった一人の大切なひとだもの。そうでしょ? 」
語りかけるその女の人の瞳を見つめながら、理沙は話に聞き入っていた。
「 これから先、いろいろ大変なことがあるかもしれないけど、負けちゃだめよ。 」
理沙は小さくうなずいた。
「 おねえちゃん。」
そして、すこし気になっていたことを、言った。
「 あたしの、親戚の人? 」
女の人は、笑った。
「 そんなわけないじゃない、・・・・・・・・でも。 」


だんだん眠くなってきた。
そして目覚めたときには、理沙は家の玄関の前で座り込んでいた。


そのあとしばらくして、理沙は小学校に入学した。
小学校2年生、夏休みのある日の夜。
トイレに行きたくなって目がさめた。
1階の部屋の電気がついていて、父と母が部屋の中にいた。
テレビ画面をじっと見つめている父と母。
画面の中では、深刻な表情の男が淡々と何かを説明している。
説明しているだけで、質問もなにもない、静かな番組。
そのあとの、女性アナウンサーの言葉だけが理沙の記憶にはっきりと残っていた。
<・・・・・・ どうか皆さん、冷静に行動してください、今後の発表に従ってください。 ・・・・・・>


高校卒業も近いある日。
父と、初めてけんかをした。
本当のことを知ってしまって、自分の中でも、どうしたらいいのかわからなかった。
父と母が喧嘩しているのを、ドアの向こうで聞いていて、決定的な一言を、
理沙は聞き逃さなかった。
<・・・・・・ あの子は、あたしの子供じゃないんでしょう? ・・・・・・>
心の中で、何かがはじけとんだ。


いま、私は再び東京に戻った。
家を飛び出して、がむしゃらに仕事をして、失敗を重ねて、
そして、この夜の世界に、私は落ち着いた。
歩道橋の上でふと立ち止まり、夜の町をながめる。
小さな女の子が、少し離れたところに立って、あたりを不安そうに眺めていた。
今にも泣き出しそう。
声をかけようと、近くに歩み寄ったとき、女の子は声をあげた。
母親だろうか。
女の子はすぐにそちらの方向に走っていった。
よかった、と思った反面、少しだけ物足りない気持ちが残る。


気を取り直すと、理沙は再び歩き始めた。
クリスマスまで、あと3週間だった。






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