普通の日々


薄汚れた空、朝焼けの向こうに見える高層ビル群。
東京湾を横須賀方面から、羽田方面、そしてお台場に向けて視線を移してゆけば、
そこにはきらびやかな未来の、表の顔が、
4倍に拡張された羽田エアポート、
東京湾の中心には、直径700メートルのスペースポートが。
週2回出発するHLLV(超重量物運搬宇宙船)が、最後の調整作業に入っていた。
そして、ほんの20年前には広い空き地だったお台場の人工島には、
高級住宅街と、40階建ての高層アパート群が。
そのアパートのある一室、
まだ眠りについてまもない理沙がそこにいる。



日が高くなり、ぼやけた朝の風景は、活動的な昼の風景に変わる。
高速道路に車があふれ、羽田エアポートから1分間隔で航空機が飛び立っていった。
エアコンが自動的に動き出し、暖かな空気が部屋に満たされてゆく。

理沙は小さなうめき声をあげ、寝返りを打ったが、まだ起きようとはしない。
正午をまわって、突然、壁面ディスプレイに表示が出る。
< 今日の支払い予定です >
文字と数字の羅列が続く。

暖かな風が、レースのカーテンをそっと波立たせる。
理沙ははっと目がさめた。
いつもそうだ。
まるで、体内時計が正確に時を告げているかのように。
ぼさぼさの髪の毛をゆっくりとかきあげて、そのままシャワーをあびる。
昨日の酒がまだ残っていた。

ちと、飲みすぎたかな。
でも、どんなに酒が残っていても、出勤時刻までにはきちんと体制を整える。
へんな自信だよね。

心の中でそうほくそえんで、食事の準備にとりかかった。


東京湾を一望できるベランダの窓を全開にして、シーフードサラダを口にした。
野菜ジュースのグラスを持って、もうすっかり日が高くなったベランダに出る。
冬だというのに、今日は春のような暖かさだった。
電話が鳴っている。
部屋に戻り、電話のディスプレイに表示されている番号を確認。
「はい、理沙です。」
彼女の客の一人、ある会社の部長からだった。

「今日は、来てくれるのね。」
のどが少し痛かったが、明るい声で自分の気持ちを装った。
「その前に、どこかで食事がしたいな。」
彼と会うのは2週間ぶりである。
部長といっても、世間一般の部長クラスより5歳は若いだろう。それに、まだ独身。
べつに結婚を狙っているわけではないが、
理沙が1から開拓した客だから、彼女自身、少々の入れ込みもあった。
「それじゃ、またあとで。」
2時をまわったころ、化粧をはじめ、今日の服装を決める。

店に向かうのは3時を回ったころ。
でも、今日は他にもやることがあった。
近くの駅に向かう途中で、また電話をする。
「理沙です。お元気ですか?」
今月は、順調だった。

今の店で働き始めて。今月は最高の稼ぎができそうだった。
臨時ボーナスだって夢じゃない。

「最近あなたの顔を見ないから、さびしくて。」
横浜方面に向かう電車の窓越しに、港の風景を見ながら、笑いがこみ上げてくる。

約束の場所で、昼間約束した部長と会う。
彼女の勤めている横浜の店の近く、50階建てのビルの展望レストラン。
夜のきらびやかな風景が一望できる。
すべては仕事のため。
彼とグラスを交わし、たあいのない会話ですごすこの一時。
好きでこんなことやっているわけじゃない。
でも、これは映画の中の楽しい1シーンだと思えば、そんな事も忘れてしまう。
みんなが、演じているだけ。
窓の外のこの風景だって、単なる夢、見せかけの世界でしかない。
彼と2人で店までの道を歩く。
人々の会話、繁華街のディスプレイ表示には、いろいろな国の言葉が氾濫していた。


店が終わって、理沙は一人で東京に向かう。
もう一人の恋人がそこに待っている。
ほんのひと時の安らぎの場所。
「いつ見ても、笑顔がきれいですね。」
「だめよ、そんな、あたしの事からかってる?」
クラブの店員の彼とは、もう2年以上の付き合いになる。
同業者同士、お互いに営業スマイルをしている。
でも、理沙はいつも彼の心の中を探っていた。
そして、いつも思っている事。

・・・・・この人の笑顔が、いつでもあたしのものだったらなぁ・・・・・・・。



物語メニューへ