朝のオフィスは静かだった。
大きな窓から均一な光が差し込み、
白い机の列を照らしている。
理沙は席に座り、画面を開いた。
作業は毎日同じだった。
データの一覧が表示される。
その中から指定された項目を選び、
「Import」のボタンを押す。
それだけだった。
ボタンを押すと、大量のデータがシステムに取り込まれる。
画面の中では線が現れる。
一つの点と点が線で結ばれる。
しばらくするとその線は消え、また別の線が引かれる。
それが何度も繰り返される。
やがて画面の中には、網の目のような構造が出来上がっていく。
それはデータモデルと呼ばれるものだった。
完成すれば、巨大なナレッジになる。
システムが判断をするための基礎になる。
そう説明されたことはある。
けれど、その過程はひどく単調だった。
理沙はその仕組みを完全には理解していない。
ただ、指定された作業を繰り返しているだけだった。
作業を続けていると、時間の感覚が少し曖昧になる。
キーボードの音。
遠くで動く空調の音。
オフィスはいつも清潔だった。
温度は一定に保たれている。机も床も整っている。
就職活動のときに見た求人広告には、
「清潔でクリエイティブな職場」と書かれていた。
その言葉は間違ってはいなかった。
確かにここは清潔だった。
そして、空調の効いた快適な場所だった。
社員食堂の食事も悪くない。
ただ、それだけだった。
理沙は作業の手を止め、少しだけ顔を上げる。
広いオフィスの中には、同じように机に向かう人たちが並んでいる。
誰もほとんど話をしていない。
しばらくして、理沙は隣の席の女性に声をかけた。
「そういえば、目の前の席の子、最近見ないね」
女性は画面から目を離さないまま答えた。
「昨日付で辞めたよ」
キーボードを打つ音は止まらない。
理由についての説明はなかった。
女性は小さく笑う。
それ以上は話す必要のないことのようだった。
理沙もそれ以上は聞かなかった。
再び画面に目を戻す。
データの線がまた組み替わっている。
やがて夕方になる。
終業時刻になると、
隣の席の女性はすぐに作業を止めた。
「お先」
短く言うと立ち上がる。
その後は早かった。
数分も経たないうちに、
広いオフィスから人の姿が消えていく。
椅子だけが整然と並んでいる。
理沙も画面を閉じる。
作業ツールをバッグに入れ、
席を立った。
エレベーターで下へ降りる。
外に出ると、
夕方の空気が少しだけ温かかった。
理沙は駅の方向へ歩き始める。
そしてそのまま、赤坂へ向かった。
**Shangri-la**へ。
|