彩名と恵梨香がVIP席で向き合った翌日。
理沙は彩名から、その時の話を聞いた。
「とりあえず、今は大丈夫そう」
彩名はそう言っていた。
その表情には、いつもの余裕が戻っていた。
店の空気も、表面上は変わらない。
恵梨香は相変わらずナンバー1を維持し、店の中では中心の存在だった。
新人キャストも三人入店した。
彩名はそのうちの一人を理沙のヘルプにつけ、店の流れはいつも通り動き続けていた。
夜の世界は、何事もなかったかのように回り続ける。
そんなある日、理沙のスマートフォンにメッセージが届いた。
直子からだった。
「今度、横浜で会えない?」
正月に会ってから、二か月ほど経っていた。
理沙はすぐに返事を送った。
その夜、二人は横浜で待ち合わせをした。
関内の駅で落ち合うと、そのまま街を歩く。
まだ寒さの残る夜の空気の中、二人は並んで歩いた。
まず中華街へ向かい、小さな店で食事をする。
久しぶりに会ったというのに、特別な話題があるわけでもない。
学校のこと。
最近見た映画のこと。
街の店のこと。
そんな他愛のない話をしながら、時間はゆっくり流れていった。
食事を終えたあと、二人は山下公園へ向かった。
海沿いの遊歩道には、夜景を見に来た人たちがちらほら歩いている。
港の灯りが水面に揺れていた。
ベンチに座ると、しばらく二人は黙って海を眺めていた。
やがて、直子が口を開いた。
「……家のことなんだけどさ」
理沙は小さくうなずいた。
その話になることは、分かっていた。
両親が離婚する。
もう決まっているようなものだった。
あとは、いつ離婚届を出すか。
それだけの問題だった。
直子は母親と暮らすことを決めていた。
理沙は少し考えてから言った。
「私は、父親のほうにする」
直子は少し驚いた顔をした。
「お母さんと、合わないんだ?」
理沙は肩をすくめた。
「昔からね」
深刻な調子ではなかった。
ただ、事実を言っているだけの口調だった。
そうすると、これから二人は――
法律の上では、姉妹ではなくなる。
血のつながりもない。
義理の姉妹ですらなくなる。
それでも、理沙は思った。
たぶん。
これからも、会うのだろう。
姉妹というより、友達みたいな関係で。
直子もきっと、同じことを考えている。
その時だった。
低い警戒音が港の方から鳴り響いた。
周りにいた人たちも、同じように海の方を見た。
「なに?」
直子がつぶやく。
二人も立ち上がり、東京湾の方向を見た。
すると、遠くの海の中央から、強い光がゆっくりと上昇していくのが見えた。
白い光が夜空を貫いていく。
「あれ……」
直子が目を細めた。
「シャトルじゃない?」
東京湾スペースポート。
今年から本格運用が始まった施設だった。
その最初のテスト打ち上げ。
二人はしばらく、黙ってその光を眺めていた。
光はゆっくりと高度を上げ、やがて夜空の奥へ消えていく。
誰かが小さく拍手をした。
それを合図にしたように、人々がざわめき始める。
直子はスマートフォンを取り出した。
「写真撮ろうよ」
夜の港を背景に、二人並んで立つ。
シャッターの音が、小さく鳴った。
そのあと二人は関内駅まで歩いた。
駅前で立ち止まる。
帰る方向は、互いに反対だった。
直子は少しだけ迷うような顔をしてから言った。
「これからもさ」
理沙を見上げる。
「今までみたいに、会えるかな」
理沙は少し笑った。
「会えるよ」
短く答える。
「会おうと思えば、いつでも」
直子はうなずいた。
それじゃあ、と手を振る。
直子は改札の方へ歩いていった。
理沙はその背中を少し見送ってから、自分の帰る方向へ歩き出した。
夜の港の風が、静かに吹いていた。
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