008_02_100パーセント出力テスト

推進システムの100パーセント出力テスト当日。
船内は普段と変わらぬ静けさを保っていたが、その内側には、わずかな緊張が張りついていた。
理沙は船体後部の中央制御室に入り、コンソールの前に座る。
会議室では、船長とレイラ、そしてブルーノの3人がモニター越しにその様子を見守っていた。

「シミュレーション開始」

理沙が指示を出すと、システムが復唱し、ディスプレイにテスト開始の表示が浮かび上がる。
制御室には、機器の作動音と、かすかな空調の音だけが流れていた。
テストは前回と同様、淡々と進んでいく。
出力表示は滑らかに上昇し、50パーセントを越え、やがて70パーセントも難なく通過した。
順調に見える流れの中で、理沙の視線は一点に留まっていた。
プラズマ密度を示す可視化データ。その中に現れた、ごくわずかなゆらぎを見逃さない。

出力表示が80パーセントに近づいたところで、数値がぴたりと止まる。

「チェックポイントを入れておきました」

理沙は視線を外さないまま、会議室に向けて説明する。
画面越しに、3人の気配がわずかに動いたのが分かる。
80パーセントで不安定化すること自体は想定内だった。
今回の目的は、改良した制御モデルがその揺らぎにどう応答するかを確認することにある。そのために、理沙はあらかじめこの地点にチェックポイントを設定していた。

データを追いながら、理沙はモデルの反応をひとつひとつ確かめていく。そのとき、背後のドアが静かに開いた。

振り向くと、メリッサが立っていた。

「あら」

理沙は思わず小さく声を漏らす。
メリッサとは12時間ずれたシフトで動いている。今の時間帯であれば、彼女は休んでいるはずだった。
メリッサは軽く頭を下げると、申し訳なさそうに笑い、理沙のすぐ隣のシートに腰を下ろした。

「ごめんなさいね。ちょっと心配になって」

その声はいつも通り落ち着いていたが、どこかで微かな緊張が残っているようにも聞こえた。
理沙はそれ以上は何も言わず、再びディスプレイへと視線を戻す。

確認を終え、テストを再開する。
停止していた出力が、80パーセントから再びゆっくりと上昇を始めた。
それに伴い、可視化データ上のゆらぎも次第に目立ちはじめる。細かな揺れはやがて大きなよどみへと変わり、画面上に重く広がっていく。
しかし95パーセントを越えた瞬間、そのよどみは一気に崩れ、せきを切ったような流れへと変化した。
乱れていた分布が滑らかに整い、安定したパターンへと収束していく。

「100パーセント出力」

システムの音声が静かに告げる。
理沙は小さく息を吐いた。胸の奥にあった緊張が、わずかにほどける。
隣を見ると、メリッサがこちらを見て微笑み、小さく頷いた。

だが、テストはまだ終わっていない。
出発加速時の連続運転を想定した、一時間の連続稼働テストを引き続き行う。
理沙は再び表情を引き締め、視線をディスプレイに戻した。
2人はそれ以上言葉を交わさず、ただ数値の変化とデータの流れを見つめ続ける。時間はゆっくりと、しかし確実に過ぎていった。

残り時間が一分を切ったところで、理沙はようやく口を開く。

「残り一分を切りました。停止準備」

その声は落ち着いていた。
システムがカウントダウンを開始し、数字がひとつずつ減っていく。制御室の空気がわずかに張りつめる。やがてゼロ。

「テスト終了」

その瞬間、会議室のモニター越しに、3人の拍手が響いた。
少し遅れて、すぐ隣でも手が打ち鳴らされる。
メリッサが拍手をしながら、こちらに手を差し出していた。
理沙は一瞬だけ迷い、それから軽く拳を合わせる。乾いた感触が、短く伝わった。

テスト後の後片付けを終え、2人は中央制御室を後にする。
居住区画へ戻る通路は静かで、照明の白い光が均一に床を照らしていた。歩きながら、理沙はふと、思いついたように口を開く。

「マライア・キャリーの曲って、あなたのリクエスト?」

メリッサは首を横に振った。

「たぶん、レイラだと思う」

あてが外れ、理沙はわずかに言葉を失う。
ほんの一瞬の沈黙。そのあと、メリッサが続けた。

「マリア・エレーナの曲って、あなたのリクエスト?」

理沙は足を止めることなく、軽く笑った。そして小さく頷く。
通路には再び静けさが戻り、2人はそのまま並んで歩き続けた。



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