008_25_生存シミュレーション(1)

乗組員全員が会議室に集まることは、めったにない。

「エンデヴァー」の運用は基本的に12時間交代制で動いており、常に誰かが作業中で、誰かが休息を取っている。
全員が同じ時間に顔をそろえるのは、出発前や重大トラブル発生時くらいのものだった。
その会議室に、着陸船の3人を除いた9人が集まっていた。

壁面ディスプレイには、着陸船の現在状態が表示されている。酸素一系の残量表示は、ほぼゼロのままだった。
理沙はディスプレイの横に立ち、現在の状況説明を行っていた。

「着陸船の帰還に必要な液体酸素の、およそ半分が失われています」

誰も口を挟まない。

「現時点の搭載量では、タイタンから上昇しても周回軌道への到達は不可能です」

静かな声だった。
感情を排除した、現状確認としての説明。
その方が、かえって現実味を増していた。

理沙は、酸素放出発生時のログ、着陸船側の操作記録、現在の搭載重量と推進剤残量を順番に説明していく。
しかし、メリッサ本人については断片的にしか触れなかった。

会議室の空気は重い。

誰もまだ、“原因”については口にしようとしない。
説明が終わると、今度は船長が口を開いた。

「メリッサについてだが」

皆の視線が自然と船長へ集まる。船長は慎重に言葉を選びながら続けた。

「健康上の問題が関係している可能性が高い」

その説明だけで、ほとんどの者は察していた。
単なる機械トラブルではない。
人間側の問題。

しかし理沙は、別の意味で船長の言葉を聞いていた。
技術的問題だけではない。
真の理由。
そこへ触れるのかどうか。

理沙は、船長の横顔をじっと見つめる。
その理沙の様子を、今度はレイラが静かに見ていた。

だが船長は、それ以上踏み込まなかった。
“その件”については触れないまま、説明を終える。

しばらく沈黙が続いた。

最初に整理しなければならないのは、責任問題ではない。
時間だった。
何も手を打たなければ、やがて水と食料が尽きる。

タイタン上に取り残された3人は、確実に危険な状態へ向かう。

あとどれくらい持つのか。
誰も口には出さなかった。
その数字を言葉にした瞬間、現実が決定的な形になってしまう気がしたからだ。

会議室の空気を切り替えるように、ブレントが端末を開いた。

「帰還プランを作ります」

それ以降、会議室はほとんど作戦室のような状態になった。

ブレントとアルヴィンが中心となり、着陸船帰還プランの立案と検証が進められる。
FSDD技術部との技術的アセスメントが必要になるため、イライザが地球側との中継役を担当した。
理沙とブルーノは、「メイン」の助けを借りながら、同時並行で帰還シミュレーションを精査する。

推力。
重量。
重力損失。
上昇角度。
タイタン大気密度。

わずかな条件変更を繰り返しながら、可能性を探る。
一方でトリスターノとアンジェラは、船長とレイラの指示のもと、24時間体制で着陸船側3人のサポートを続けていた。
時間だけが、静かに減っていく。

翌日。

ブレントとアルヴィンによるプラン説明が始まった。
会議室のディスプレイには、複数の軌道図とシミュレーション結果が並んでいる。

「まずは機体軽量化案です」

ブレントが説明を始める。

不要備品を可能な限りタイタン上へ投棄し、機体重量を減らした状態で上昇する案。
続いて、液化メタン搭載量を半分まで削減し、さらに軽量化した状態で強引に軌道投入を狙う案。

さらに。

「エンデヴァー」がタイタン大気へ降下し、上昇してきた着陸船を空中で回収する案。
説明そのものは理路整然としていた。
だが、結果は厳しい。

着陸船単独では、大気圏離脱速度へ届かない。
そして「エンデヴァー」による空中キャッチ案も、計算上は成立しても、現実的には不可能に近かった。

説明が進むにつれて、会議室の誰もメモを取らなくなっていた。
端末を見つめる目にも、少しずつ諦めの色が混じり始める。

しばらく、誰も口を開かなかった。
重たい沈黙。

その中で、ブレントだけがまだ画面を見続けていた。

やがて彼は、ゆっくりと顔を上げる。

「そこで、また別案ですが」

半ば諦めかけている皆の表情を見回しながら、ブレントは次のプランの説明を始めた。



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