不完全燃焼の夜
すぐそばに立っているサングラスの女性に、最初は誰なのか気がつかなかったのだが、
女性がサングラスをはずして微笑みを見せると、彼は芝刈り機を操作する手を止めてそれを芝生の上に放り出した。
「戻ってきました」
やぁ。。。と男が手を挙げる間もなく、女性の方は持っていたバッグを脇に投げ出して、男に抱きついた。
生死の淵をさまよって1年半、理沙は再びリーダーのもとに戻ってきた。
* * * *
夕方までの時間、リーダーは理沙が不在だった間の仕事の状況について淡々と語った。
しかし、理沙は彼の見つめる視線をいやというほど感じていた。
気になるのであればとことん見つめればいい。
露出の多い服を着てきたのもその事が狙いだった。胸元と太股のあたりに非常に熱い視線を感じる。
「でも、前もって連絡してくれれば、メンバーを集めたのに」
理沙は含み笑いをしながら、
「まずはリーダーを驚かせようかと思って」
そして、さらに10センチほど彼に接近した。
リーダーがコーヒーを飲み込む時の音が聞こえる。
外は徐々に暗くなってきた。
窓の方に目を向けて、先ほど放置したままの芝刈り機のことが気になったのか、庭の方に出ていった。
そして5分ほどして部屋に戻ってきた。
リーダーは、理沙の非常に強烈な視線を再び感じたが、あえて目をそらすとテーブルの上のカップを取り上げた。
「戻って来ることはないと思っていたけど、またこうして戻れてよかった」
そして再び理沙は、彼のすぐそばまでじりじりと寄って、密着した。
「ただ、お見舞いに来て会えなかったのが、ちょっと残念だったけど」
その言葉には皮肉も込められていた。理沙の目つきが険しくなり、リーダーはうろたえた。
「すまなかった。いろいろと忙しかったので」
理沙はすぐに元のように笑みを見せた。
「まぁ、いいんだけど」
* * * *
食事もせずに、2人はそのまま寝室に入り、
その後は欲望に流されるままに、ただやみくもにお互いに体を求めあった。
というよりも、ほとんど理沙の方が強引にリーダーのことを求め、リーダーの方が理沙の欲望をなんとか受け止めている状態。
最初は理沙が彼の上になっていたが、位置を変えて理沙がリーダーのことを受け止めることにした。
新しいサイボーグの体に、果たして今までのような強烈な快感があるのだろうか。
神経組織と丁寧に接続されていて、感触はほぼ変わらないと、主治医から説明はされているものの、
本当のことは当の本人にしかわからない。
さらには、性的な感覚についてとなると、未知の世界だった。
リーダーが理沙の事を強く刺激している間も、理沙は今まで通りの同じような性的快感が得られるのだろうかと、
少々冷めた気持ちで期待していた。
一方、リーダーはといえば、大汗をかきながら懸命に理沙のことを歓ばせようとしている。
その姿が、理沙から見れば、非常に滑稽というか、情けないもののように思えた。
理沙もまた、その懸命になっている彼に合わせて、徐々に呼吸を荒げたが、実際に快感の域に達しているわけではない。
頭の中は今まで通り冷静、やはり、この新しい体は性的快感には対応していないようである。
ついに、リーダーは疲れ果てたのか、理沙からゆっくりと体を離した。
「ごめん」
下半身あらわな状態で、理沙はすぐに彼のそのものをチラと眺めた。
中折れしてしまったのか元気がない。
「いいのよ」
まだ普通に夕食時ではあるが、暗い寝室の中で、2人は全裸状態のままで横たわっていた。
しばらくは無言だったが、やがて理沙の方から話を始めた。
「謝らなくてはいけないのは、私の方」
クラビウス基地から地球低軌道ステーションに到着し、
天候不順のために1日だけ待てば定期便が到着して、無事に帰宅できたはずだった。
しかし、理沙のほんの少しの焦りで、小型シャトルに乗ってダラス空港に行こうと判断し、着陸時に事故に巻き込まれ、
瀕死の重症となり、死ぬかもしれないと本気で思ったが、最新の治療方法で理沙はどうにか生き延びた。
本来であれば、事業団の事務所に行き、事故調査のために協力すべきところ、
再び自分の気持ちのままにこんな行動をしてしまった。
「でも、まずは会いたかった。どうしても」
おそらくリーダーと一緒に生活をすることなど、今後決して叶わないだろう。
軽率な行動を反省し仕事に打ち込むしかない。
「残念だけど、こんな体になってしまって、もう普通に女として生きていくことは無理ね」
だからこそ、今日不意打ちでリーダーの家に押しかけて、このように夜を過ごすことになったのだ。
2人だけの思い出として、今夜の事を大事に心の中にしまっておこう。
理沙は、とうとうフィニッシュに至らなかったリーダーのことが、非常に不憫に思えてきた。
「世間によくある、セクサロイドみたいなものだよね。単に性欲を満足させるだけの玩具」
外見は元のように、肌触りも精巧に再現されていて、ちょっと見た目ではわからない、セクサロイド。
いやそうじゃなくて、とリーダーは理沙の言葉を遮った。
真顔になってリーダーは理沙の事を見つめていた。
いつもの自信に満ち溢れている彼とは全く違う。
「実は、謝らなくてはいけないのは僕の方。本当に済まない」
たどたどしい説明が始まったが、しばらくの間、理沙は彼がいったい何を言っているのか理解できなかった。
* * * *
あああ。。。自分が言ってしまったことを後悔するのもどうかとは思ったが、
セクサロイドが自分の感情を持った時、所有者に対して思うのはこんな感情なのだろうかと、理沙は複雑は心境だった。
リーダーは、理沙が不在の間、仕事で忙しかったことを理由に、ちょっと心に魔が差したことを理沙に淡々と説明した。
新型宇宙船の設計は佳境を迎え、設計が完了し各コンポーネントの製造が始まってほっとしたところ、
とある女性と出会い、徐々に彼女の雰囲気に惹かれていった。
ある意味、彼女はリーダーのツボにはまった。
ヴェラがその状況を見逃すわけがなく、男女の間の事とは言え、職務上、非常に問題な行動だと彼に指摘した。
時には会議後に2人だけで口論になったこともあった。
ちょうどその口論中に、理沙がすぐそばを通ったこともあったが、その時には気まずくなり2人は口論をやめた。
その後も、事あるごとに、ヴェラはその女性との関係をリーダーに指摘したが、
しかし、欲望には勝てず、リーダーは彼女と夜をともにした。そして2度、3度と。
ちょうど理沙にサイボーグ化手術が行われる、まさに同じ頃に、リーダーは彼女と深い仲になっていた。
そのあとは事は一気に進み、リーダーと彼女の間には子供ができてあと数か月後には生まれるとの事。
そこまでよく自分の前で言えるものだと思ったが、理沙がいくら焦っても、もうリーダーは自分の手の届く場所にはいない。
そんなことを考えているうちに、怒りにも似た感情が徐々に湧き上がってきた。
時間の経過は感じなかった。夜明けが近い時刻になってしまっていた。
どこに行くというあてもなく歩き回り、疲れを感じる事もなく、
ああ、やっぱり私はセクサロイドになってしまったのかと思い、
やがて道路わきにある公園のベンチに座った。東の空がぼんやりと明るくなっているのが見える。
怒りの気持ちのままに、リーダーのことを平手打ちして、慌ただしく服を着て外に出たことを再び思い出す。
さて、この先いったいどうしようか。
理沙は半ば途方にくれながらも、ようやく立ち上がると、医療センターの方を目指して歩き始めた。