建造スケジュール

木星の作業プラットフォーム、生産プラントについては建造のための準備が進み、地球や月各所の工場から部材を輸送し、
地球/月L3の作業プラットフォームで組み立てるための段取りも進んだ。
一番難航したのは、地球と月から宇宙空間に運び上げるために十分なヘビーリフターを確保することだった。
木星の資源開発以外にも数多くのプロジェクトが進められており、
既に完成している作業プラットフォームや、宇宙港への定期輸送を止めるわけにはいかなかった。
ようやくぎりぎりの数のヘビーリフターを確保し、スケジュール死守するメドがたった。
理沙は事業団本部での会議の場で、ようやく確定したマスタースケジュールを広げた。
「2年後の年末に作業プラットフォームの建設を開始します。本格生産開始は今のところ14年後の目標です」


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「出馬ですか?」
かねてから上院議員出馬の噂は聞いていたが、突然に呼ばれて彼から直接言われても、いまひとつ実感がわかない。
「言ったじゃないですか、いずれは大統領になると」
まぁそうですが、自分の身の程を理解して言っているのか、理沙にはわからなかった。
「エンデヴァー」での木星・土星探査後に、元船長と会ったのは5年前の元乗組員との結婚披露宴の時だった。
既に事業団を退職して個人で会社を起業したばかりの頃で、
しかしながら、宇宙開発のコンサルタント的な事業内容はいまひとつぱっとせず、
それじゃ火星や木星の衛星の不動産投資でもするかと、突然思いついたようなことを口走っていた。
なので今回もその延長線的に言っているのだろうと理沙は思っていた。
「支持基盤はあるんですか?」
「ある。党の有力者と最近仲良くなった」
そのあと話題は、理沙の参画している木星資源開発プロジェクトの事へと移った。
事業規模が漠然とした状態、予算総額も見積もれない状況から出発して、
少人数のタスクチームから始めて、ようやく具体的な実現の手法が見えてきて、国からの予算も徐々に増えて、
しかし、肥大化する予算には、議会の反対勢力からは何かと目の敵にされていた。
そのことを知っていて今日コンタクトしてきたのだろうか。
「議員になったら、必ずあなたのことを協力にバックアップする。心配するな」
そして、理沙は現時点での最大の懸念事項であり課題事項について元船長に話し始めた。


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「それで、私が今日この場でお話したいのは」
理沙はそこで少し間をおいて幹部メンバー、中心に座っている長官を見つめた。
「この先の事です。14年後に生産プラントが本格的に核融合燃料の生産が始まった後の事です。地球や月の生産能力に頼った太陽系開発は
現時点ですでに限界です。さらに巨大な生産能力を持った仕組みを、宇宙空間上に作る事が必要かと」
折に触れて何度か会議の場で説明したことはあったが、再び理沙はその図を示した。
[Metal Seed System]と呼ばれるその仕組みは、まだ概念的なもので実体はない。
3組のロボットが、自らとまったく同じ複製品を作り、増殖してゆくものである。
最初にこの図を会議メンバーに披露したところ、会議室の皆からの失笑を買った。
しかし、最初に理沙がタスクメンバーの一人から説明を受けた時、彼の情熱あふれるその話し方に惹かれ興味を持った。
その彼の情熱は理沙に乗り移り、本部の会議メンバーに対して何度も訴えかける。
「3体のロボットが、20か月後に100万体に増殖して、これだけあれば何でもできます」
理沙は今回はさらに考えを進めていた。
太陽を中心とし火星までの軌道を表した図を示すと、
「地球と月付近の軌道は、今後のことを考えると狭くなることが考えられます。もっと広い場所とエネルギーを求めて、
太陽/地球ラグランジュ点を目的の地としたいと思っています。プランとしては、L3、L4、L5あたりが最適かと」
地球の惑星軌道の、L3、L4、L5にマーカー表示が現れ、理沙がL3部分を拡大すると広々とした場所に巨大なプラント群が見えてきた。
「太陽系開発のための原材料となる小惑星はこの場所に集結して、太陽系開発に必要になる資材はここで調達します。
地球付近と違って太陽光パネルを大量に広げて、生産工場を作ればよいと思います。[Metal Seed System]に最適の活躍の場です」
なにかと理沙に対して無理難題を突き付ける技術担当が、今回も噛みついてきた。
「協力会社にこのシステムの要求仕様を出すつもりですか」
もちろん、と理沙は頷いた。


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「事前にこんな話を出すのは反則だということはわかっていますが」
と、理沙は前置きして、
元船長に自分がこれから上層部に提出しようとしている[Metal Seed System]の説明をした。
要求仕様書の概要を彼に説明し、
「要求仕様を実現できる会社が果たしてこの世に存在するのか、でも、この技術は必ず必要になります」
話はさらに先に進み、開発予算規模増大にともなう、いずれやって来るであろう成長の限界の事になった。
理沙の話を聞いてる間、元船長は腕組みして静かに聞いているだけだった。
ひととおり理沙が話し終えると、彼はゆっくりと頷いた。
「わかりました。思いつくところで信頼できる何人かに当たってみますよ」


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要求仕様書をまとめあげ、協力会社への説明前の最後の検討会を上層部メンバーと一緒に行った。
技術担当からの指摘にもあきらめることなく対応し、ようやく上層部メンバーの腹の内もようやく固まったようである。
長官はメンバー全員を見渡して、言った。
「では、これで決定としましょう」



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