品質を落とす
自動増殖システムの要求仕様は、関係各社から酷評された。とはいえ、予想したことだった。
誰も作り上げたことのない、まだ理論すら確立されていない新しい考え方であり、関係各社皆が手を上げることはなかった。
宇宙空間での大量生産を実現するためには、極力人間の手を介在せずに、
ロボットに任せることが最善であり、数が多ければなお良い。
第一期の建設工程として、3基の作業プラットフォームと、3基の精製プラントは地上での部品製造が始まっていたが、
何百、何千と必要になる原子力ラムジェット機の製造、およびその後は、宇宙空間での大量生産が想定されていた。
また、第一期以降のプラント建設や、その先のプランも宇宙空間での生産を想定し計画段階に入っていた。
「失敗することを願っている、反対勢力が多いからなぁ」
議会への働きかけ、エネルギー省役人との数え切れないほどの打ち合わせに、理沙も大佐も精魂尽き果てていた。
「ゴーサインが出れば、いつでも始められるんですけどね」
テキサスに帰ろうと、2人が空港で便を待っているところで、ふと見上げるとニュース映像に見慣れた光景が映し出されていた。
事業団のテキサスの事務所前に、数百人がデモ行進をしている。
環境保護団体が、自然破壊を進めるだけの宇宙開発の即時中止を叫んでいた。
* * * *
2人が事務所に到着した時には、デモ行進は止んでいたが、
デモ隊が入り口を強行突破しようと、警備員ともみ合いとなったため、入り口のガラス扉の数枚にひびが入っていた。
そんな事に危惧する暇もなく、2人はそのまま上層部との会議に臨んだ。
「第一期工事については、予算はまもなく通るでしょう」
関係各社からの進捗状況をひととおり聞いた後で、理沙はエネルギー省との会話での手ごたえについて述べた。
「あと10年、20年後には核融合の本格利用という点では、想いは一致しています。あとは木星からの資源調達を許容するか」
第一期工事開始から7年後には、木星での核融合燃料生産を本稼働させて、10年後には本格生産体制を確立させる。
「わかりました」
長官は理沙の事を特に問い詰める事もなく、あとは粛々と進めるようにと述べるだけだった。
「自動増殖システムの件も、具体的実現に向けて進めてください」
理沙と大佐は役員達に軽く頭を下げると、会議室を出た。
翌日、関係各社の一つであるSTUとの会議の場で、理沙は自動増殖システムの検討状況について問いかけた。
反応は思わしくなく、技術的なハードルの高さに技術主任からは苦言も出た。
形ばかりの会議が終わり、雑談となった頃、同席していた[ミスター核融合]が理沙のそばまでやってきた。
「テラスに出ませんか」
真夏というのに、今日は湿度も低くからり晴れていた。
連日のように40度以上の高温でもなく、30度を少々超えた程度。穏やかな風で屋外の方が快適と思えるほどである。
パラソルのある席で、2人はアイスコーヒーを口にしながら、休暇をいつにするのかという他愛のない会話をしたが、
[ミスター核融合]は、自動化システムに関する課題を口にしてきた。
「行き詰るのもわからなくはないが」
椅子にゆったりと座り、じっと理沙の方を見た。「少しは肩の力を抜いたらどうですか」
「いいえ」
理沙は笑みを浮かべ、首を振った「別に行き詰ってはいません」
[ミスター核融合]との初対面から既に3年。STUの中核エンジニアとして、彼は既に立場を確立していた。
中国の政変の最中で国外脱出し、慣れない異国の地での生活を強いられても、彼は少しもめげることはない。
それどころか、プロジェクトの全体進捗が彼が加わった事で2年は早まったとも言われている。
「あともう少しですから。プロジェクトが本格的に開始したら、今よりもっと忙しくなりますよ」
[ミスター核融合]の技術に対するスタンスは一貫していた。
技術が確立するまでは、とことん突き詰めて、完璧を求めるのだが、
いったん確立した技術に対しては、できるだけ手を抜く。必要最小限の労力で構築できるように、
画一化、簡素化したものを求めていた。
相反するようにも思えたが、彼の考え方を聞いているうちに、まんざらでもないと思えるようになってきた。
「エンデヴァー」の推進システムは、何千、何万人のエンジニアの努力のたまものであり、
彼も推進システムの設計思想については賞賛していたが、
「でも、ちょっと過剰設計のような気がするんだ」
ある意味、芸術品であり、プロトタイプでもあることから、次は量産を意識した設計に作り替えることが必要であると説いた。
磁場コイルの位置の見直し、プラズマ加熱装置の再設計、耐熱素材の見直し。
部品点数が大幅に減少し、それでいて性能がアップした推進システムが1年かけて作り上げられた。
しかし、[ミスター核融合]はそこで満足することはしなかった。
1つ1つの部品に至るまで、コストを意識した設計にもとづき作られていたが、ところどころに無理があった。
彼に言わせると、「もう少し遊びがあったほうがいい。少し性能や品質を落としても、その方がいい場合もある」
その考えは、輸送用システムの設計にあたり大きく生かされた。
「エンデヴァー」で確立した技術をもとに、輸送船の設計の精緻化が行われた。
核融合燃料を地球まで輸送するタンカー、コンテナ船、人員輸送用のシャトル等、いったんは出来上がった設計に対し、
彼はゼロベースで船の再設計を始めた。
推進システムはモジュールとして扱い、4つのモジュールを集結してクラスターとした。
長いトラス構造は、1つ1つの短いブロック構成とし、組み合わせる事で長さを自由に調整可能とし、
トラス構造を中心として、推進剤タンクを取り付け可能とした。
推進システムを片方の先に、もう片方の先に居住モジュールを取り付ける事で、長さ400メートルのタンカーが完成。
タンクの代わりにコンテナを取りつければ、コンテナ船が完成する。
また、推進システムとトラス構造を、横に束ねれば巨大な輸送用キャリアーを組み上げる事も可能である。
紙の上で次々にアイディアを彼は語り、その日理沙は時間も忘れて朝までつき合うことになってしまった。
* * * *
翌週、理沙はSTUから輸送用キャリアーのための部品の準備が完了したとの報告を受けた。
[ミスター核融合]と朝まで語り合ったその日から、2年の月日が流れ、書いたメモは具体化しようとしていた。
まだ議会承認も下りていない、見切り発車のような状態で、関係各社はよく耐えてくれたものである。
輸送用キャリアーについては、もし承認が下りなかったとしても、他の宇宙船建造に流用可能なので、
STUとしてはそれほどの痛手ではないと言ってはいるものの、将来のための投資のようなものであり、
事によっては経営上の大きな痛手になることも考えられた。
「あとは、よろしくお願いします」
STU重役からのその短い一言は、重かった。
宇宙船コンポーネントのモジュール化、[ミスター核融合]が曰く、品質を落とすという考え方が功を奏したのか、
第一期の工事については、当初の見積もりに対して2割のコスト圧縮が可能であることがわかり、
省庁との思惑との合意点が徐々に見え始めてきた。
あと少し、あともう少し、
ムダを再び見直し、もう一度数字の積み上げを行ってみて、報告書にまとめてみよう。
理沙はデータシートに再び目を通し、まだ見落としているところがないかどうかを探した。
しかし、ページをめくる手がなかなか動かない。
もう一度目を凝らして見ているのだが、ぼんやりしていてなかなか見直しができない。
遠くで自分のことを呼ぶ声がするのだが、いったいどうしたのか。肩に手を当てられてはっと目が覚めた。
「お疲れのようですね」
輸送システム担当のタスクリーダーが、優しく声をかけてきた。
ふと時計を見ると、資料の最初のページで30分ほどまどろんでいたようだった。
「起こしてくれてありがとう」
1週間があっというまに過ぎ去る。金曜日の夕方近く、西日が強烈に眩しかった。