輸送用キャリアー

今日は3か月に一度の国防総省への出勤日。
といっても、実質的には上司との雑談が目的のすべてである。前回までは。
今日は新しい上司との顔合わせのための出頭である。
すでにリモート会議では何度も顔合わせはしてるので、緊張するということもなく、
オフィスでの新しい上司への状況報告は、穏やかな雰囲気の中で淡々と終わった。
「今の目先の事としては、3週間後の作業プラットフォームの搬送ですかね」
「まぁ、今まで通りよろしく頼みます」
上司はそう言うと、小さく頭を下げた。
顔合わせの後は食堂で2人で食事をしながら、お互いの身の上話をした。
上司である大佐はアラバマ州の生まれで、大学では材料工学を専門とし非常に地味な実験に明け暮れていたが、
ふと思うところがあり士官学校に入ることになり、技術畑の軍人として歩んできた、理沙と似たような経歴の持ち主である。
最近の10年間は深宇宙巡洋艦の設計と建造のタスクに加わっていたこともあり、その事が元上司の目に留まり、
理沙の上司の立場に収まる事になった。
食事を終えてコーヒーを飲み始めたところで、2人は近くの壁面ディスプレイのニュース映像が気になった。
ニューヨークの中心街でのデモ行進と、デモ隊とは主張の異なる過激派グループとの小競り合い。
しかし、その喧騒の場のどさくさに紛れて日頃の不満が溜まっている地元住民が加わり、混乱した状態で皆が暴徒化し、
中心街の商店街に被害が及んでいた。
ニュース映像は彼らの暴動を淡々と伝えていたが、根本にある原因を2人は知っている。
「不満のはけ口がないと、こうなるわけだよ」
「政府の方針がまとまってくれないと、混乱が広がるばかりで、それに」
理沙は大佐の目をしっかりと見つめていた。
「私たちに原因を押しつけるなんて、納得がいかないです」
次にニュース映像は、議会での審議が紛糾している状況に変わった。
米国が、木星資源開発プロジェクトのために、事業団に拠出している金額はダントツの世界一。
しかしその拠出金を、経済対策や失業対策に使用すれば、どれだけの国民が救われるのだろう。
そんな議会の場での反対意見を、世論が大きく後押ししていた。
「先行きの見通しが立たないのはその通りだとしても、もう少し長い視野で物事を考えられないんでしょうね。
地球規模のエネルギー問題の解決のために私たちが必死になっていても、周りの人々はそうは思ってくれない。
10年先の問題解決よりも、目の前の事をなんとかしてくれと言う」
「まぁ、そんなものだよ」
大佐はそう言うと、軽く鼻で笑っていた。
「問題の本質に踏み込みたくてもできない。人工衛星のように問題の周りを周回するだけで、誰も着陸しようとしない」
理沙もまた、コーヒーの最後の一口を飲み干すと、深くため息をついた。
「早く形になっているところを見せないと」
理沙は席を立ち上がり、大佐に敬礼をした。
大佐もまた理沙に敬礼した。
「3週間後の出発式を見て、国民感情が変わってくれるといいんですけど」


*     *     *     *

ヘビーリフターが輸送した推進モジュールが、巨大な構造物の最後尾に取りつけられた。
今回の取りつけで、輸送用キャリアーが完成した。
輸送用キャリアーは、巨大なプラントなどを輸送することを目的に製造されたものである。
長さ400メートルもある中央部のトラス構造と、そのトラス構造に等間隔で取りつけられた固定装置。
プラントの輸送の際には、この固定装置がプラントを船体にしっかりと固定する事になっている。
輸送用キャリアーの技術上の一番のトピックスは、改善された新型推進システムである。
効率と性能重視で作られた、「エンデヴァー」の推進システムと大きく異なるのは、構造の簡素化である。
設計にあたっては、STUに転職した[ミスター核融合]が非常に大きな貢献をしている。
ある時、理沙が彼と話をしたときに、仕事に対する取り組み姿勢であるとか、ポリシーについて尋ねたことがあった。
彼の技術に対する考え方は明確で、しかもシンプルなものである。
技術開発の際には、とことん突き詰めて、完璧を求めるのだが、
いったん技術開発が完了し、実用化/量産の段階になると、確立した技術に関しては信頼しながらも、
手を抜くことが可能な部分はできるだけ手を抜いて、画一化、簡素化するという考えである。
彼の方針のもとに、核融合推進システムの構造簡略化がさっそく開始された。
わずか1年と少々で新しい推進システムは設計/組み立てが完了し、月のクラビウス基地でのスタンドテスト、
「エンデヴァー」を使用した実用耐久テストが行われて、2年もかからずに量産化にこぎつけることができた。
理沙は、輸送用キャリアーの完成を見届けると、さっそく[ミスター核融合]にお礼も兼ねて久しぶりに連絡を入れた。
「あなたのおかげで、スケジュールを死守することができました」
実際には建設中のプラントの技術的問題もあり、プロジェクト全体のスケジュールは半年以上の遅れがあったが、
理沙は、敢えてその事については触れなかった。
「いえいえ」
いつものように、穏やかでひょうひょうとした口調で彼は言った。
「これは私の仕事ですから」
実際のところは上層部から全体スケジュールの遅れに関して、日々プレッシャーをかけられているだろうと容易に想像できたが、
理沙の前ではそんな苦労の事は絶対に言わない。
そんな彼の性格に、理沙はいつも好感を持っていた。


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意見を言うのは自由。
どれだけプロジェクトに対して批判を述べようとも、それは自由な意見であり、
力でもってねじ伏せるのは簡単な事かもしれないが、自由に対する冒とくである。
反対意見に対しては、自分たちの正当性を主張するとともに、成果で示す必要があった。
「作業用プラットフォームが、来月には木星に向けて出発します」
記者会見の場で、理沙はプロジェクトの進捗状況について記者たちに説明した。
「予定では、水素/ヘリウム3精製プラントと一緒に、木星へと輸送する予定でしたが、次の便での輸送となりました」
すると早速、精製プラントの建設遅れの理由についての質問が上がった。
しかしそれは想定内の質問であり、理沙は冷静に対応した。
「精製プラントの中核部品の製造に予定以上の時間がかかりました。前例のない新しい仕組みのプラントで、
木星のような過酷な現場で稼働させるシステムの製造は、私たちにとっては手探りのようなものです」
だからといって、その事が国家予算を湯水のように使う理由にならないのでは?
理沙は質問した記者の事をしっかりと、優しい目つきで見つめた。
「これは将来に対しての投資です。目の前の問題への対処も大切なことですが、私たちは次の世代、次の世紀に目を向けています」
何十年もの間、問題を先送りにした結果、取り返しのつかない事になり崩壊した国の事を理沙はよく知っている。
そして、自分たちと関係のない先代が作ったツケを、何も知らない世代が支払う理不尽さの事も。
「将来に禍根を残したくはありません」
それが記者からの質問に対する、理沙の結論であった。


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「これより、作業プラットフォームへ向かいます」
地球/月L1で組み立てが完了した輸送用キャリアーが、クラスター推進システムを作動させた。
テキサスの指令センターで理沙はその様子を見守っていた。
「こちらでも作動を確認。良い旅を」
フライトディレクターの席から数メートル離れたところに理沙は座っている。今日は見守る者として手出しはせずに、
作業の進捗を静かに見守ることにした。
プロジェクトは徐々に巨大化し、今ではテキサスのセンターにいる全スタッフのうち半分以上が、
木星資源開発のプロジェクトに何らかの形で参画していた。
振り返れば、予算承認が通り、その前から見切り発車でプラントや作業プラットフォームの部品製造は始まっていたが、
作業プラットフォームの部品を搭載したヘビーリフターの最初の打ち上げから、1年半しか経っていないのである。
クラスター推進システムが問題なく動作しているのを見守ると、フライトディレクターが理沙の方に振り返った。
「さて、次の指令を」
彼の笑顔に、理沙もまた笑顔でこたえる。
「日の出の方向、どこまでも真直ぐに全速で」



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