理不尽な命令
最初の作業プラットフォームが木星へ向け出発するのを見届けたあとも、理沙には気の休まる時はなかった。
次に木星に向かう作業プラットフォームの準備も進んでおり、作業進捗が遅れ気味のため現場と対応を協議したり、
作業プラットフォームが木星に到着したあとは、生産開始準備のための作業もある。
1年後に作業プラットフォームが木星に到着する予定なので、現場で作業を監督するためにプロジェクト幹部メンバーが
交代で立ち会うことが決まった。
理沙の担当時期は20か月後に2か月間。前後の移動時間を含めると6か月。
半年間家を開けることになるので、その間のハウスキーピングをどうしようかと理沙は思い悩んだが、
退役してしばらく悠々自適の元支援輸送大佐の家に訪ねたときに、ハウスメイドを探し中だとそれとなく雑談中に話した。
「わかった。私も手伝うよ」
そして彼は、少しの間考えてから言った。
「わざわざハウスメイドに金をかけることもない。なんとかしよう」
理沙は何を言っているのかよくわからなかった。
* * * *
その翌日、理沙の元に元支援輸送大佐から連絡が入った。
「私の孫娘があなたの家から近い隣町に住んでいる。なので彼女にハウスメイドをしてもらうことにした」
段取りまで全て終わっていて、あとは決めてくれればいつでも行けるとの事。
何もかもがすべて準備完了していると彼は言うが、心の準備が全くできていない理沙の方は少々あせった。
「いや、いきなりそう言われても」
ちょっと待って欲しいと理沙はいったんは断った。
「それに、孫娘さんとは私は一度も会っていないし」
実際のところ、仕事優先で家の中は寝室以外はすべて雑然としているので、週末にでも片付けたいと思っていたところ、
明日にでもと言われ、仕方なく理沙は家の現在の状態を彼に話した。
「そうなるのも無理はない。なので家の掃除からやってもらうよ」
いつでも連絡をくれと言われたところで、彼との会話は終わった。
仕事が終わり家に帰り、引っ越し当時から一度も開けていないコンテナや、
クローゼットの中のカバーのかかったままの衣類を眺め、片付けた方がいいだろうと思ったものの、
結局のところその夜も何もできなかった。
* * * *
祖父からのいきなりの依頼。
しかも一方的に決めつけてくるなんて。
「これも勉強だと思って。それとアルバイト料もきちんと払う」
ハイスクール入学をきっかけに、ジェシーはようやく親から解放されて楽しくて自由な生活ができると思ったのもつかの間、
祖父からの連絡が入っていったい何なのだろうと思いきや、自分の元部下の家のハウスキーピングを命令されるなんて。
「少佐殿は忙しいので、きちんと対応してほしい」
しかも、こんなところでいきなりの軍人口調。
しかし、いつも自分の事を可愛がってくれる祖父に、ジェシーは歯向かう気になれない。
「それじゃ来週から。ジェシー、頼んだよ」
翌日、家の場所の情報と、軍の制服を着たプロフィール情報がジェシーのもとに届いた。
* * * *
バスを降りて、街道沿いの道を歩く。バス停からその家までは歩いて5分ほど。
閑静な住宅街。
広い庭の平屋建ての家が並んでいる。
角を曲がり、もうそろそろこの辺だと思える場所までやってきた。
晴れてまだ夏の日差しが残っている午前中。
庭の芝生に水を撒いている女性がいた。自分の目指している場所だという事を確認する。
その女性は楽しそうに水を撒いていた。
ジーンズのスカートに、上はTシャツ。長い髪を頭の上でまとめている。
物陰から彼女の事をしばらくの間眺めていた。
彼女がその少佐殿なのか。
ジェシーは物陰から眺めるのをやめて、彼女に近づいた。
どんな挨拶をしたらいいのだろう。
5メートルほどまで近づいて彼女に声をかけるジェシー。
彼女は振り向いた。
一瞬の出来事だったが、強烈な水シャワーを浴びせられ、ジェシーは悲鳴をあげた。
自分がしてしまったことの重大さに気づき、彼女はホースを庭に投げ出した。
「ごめんなさい、大丈夫?」
ジェシーは放心状態だった。
服は一瞬の水シャワー直撃でずぶ濡れに。顔も髪の毛も。
その後も彼女は、ごめんなさいと連呼しているだけだったが、
Tシャツに覆われた強烈な胸元に顔を押しつけられ、ジェシーの気分は最悪だった。
理不尽きわまりないとはまさにこんな状況か。