自分自身と向かい合う

真の原因にたどり着くこともなく、第二の事故が発生した。
犠牲者は2人。水耕栽培農園で働いている職員であり、亡くなる前日まで今までと何ら変わることなく仕事をして、
翌日にいつになっても出勤せず、連絡もとれないので自宅に訪ねたところベッドの中で眠るように亡くなっていた。
診断結果では、死因は2人とも心不全ということである。
彼らの自宅に理沙が到着した時には、死体の実況検分が終わり、死体搬送が始まろうとしていた。
死体はプラスチック製の黒いバッグの中に入れられ、チャックを閉じると、小さなワゴン車に積み込まれた。
彼らの作業を邪魔しないように、理沙は少し離れたところで作業員の対応を眺めていた。
実に無駄がなく、しかし、人が亡くなったという事についての重みを感じないような機械的な対応だった。
ヴェラが亡くなって、発見された時の対応を彼らに重ねるのは非常に心苦しかったが、
機械的な彼らの動きを見ながら、理沙はふと気づいた事があった。
搬送直前、死体を黒いバッグに入れたところで、右腕だけを取り上げると、作業員の一人が小さな端末を死体の手首に当て、
数秒間ではあるが操作をしているのが見えた。
「よし、リセット完了」と作業員が小さく呟いているのを、理沙は聞き逃さなかった。
ワゴン車に死体を乗せて、事務手続きのためなのか端末操作をしている間、もう一人の作業員との会話に、
理沙はしばらくの間聞き耳を立てていた。
「これで6人目か、いったいこれからどこまで死者が増えるんだろうなぁ」
「まぁ、俺たちも含めてみんな実験台だからね」
愚痴にも聞こえる彼らの会話が気になり、理沙はそっと彼ら2人のそばまで近づいた。
「もし、差し支えなければ、ちょっと聞かせていただけますか」


別に彼らと会話して、聞き出す程の事でもないが、現場の生の声も聞きたいと理沙は思っていた。
1200人の居住者は、居住の前提として生体モニター装置の装着を求められていた。
生体モニター装置は、米粒ほどの大きさの、生体電流をエネルギー源として動作するセンサーと通信装置の集合体である。
右手首の皮膚の下に埋め込まれて、24時間、常に行動記録が収集され、システムに転送されるという仕組みになっていた。
行動記録のレベルと収集内容について、内容は非公表となっているが、
次世代システムの研究に過去にかかわっていた際に、理沙自身が実験台になっていたこともあり、
脳内思考全般、脳から四肢に対しての動作信号、四肢からのフィードバック等、そのすべてがモニターされているのではないか
そんな見当はついていた。
亡くなった際のオペレーションとして、モニター装置をリセットし、死体処理の直前に右腕から取り出すのが、
彼ら作業員の役目である。
モニターされたデータが、基地の中枢システムにすべて集結し、そのあとにどのような事が行われていたのか、
ヴェラが住民すべての生体モニターデータを使って、いったい何を行おうとしていたのか、理沙は自分なりの推理を進めた。


「ヴェラが進めていた作業を、私が引き継ぎたいのですが」
少佐は腕組みをして数秒考えていたが、
「わかりました」
実際のところ、調査チームの作業は行き詰っていた。扱うデータ量が膨大であるのも理由の一つではあったが、
「原因はわかりませんが、何物かが調査を妨害しているようにも思えます」
「私がその突破口になれるかはわかりませんが、彼女が何らかのヒントを残しているような気がして」
「そうですか。期待しています」
タイタン基地にやってきた時から、なんとなく予感のようなものはあったが、やはり理沙の本領発揮ということになってきた。
行政官の言動については、以前から気になるところがあり、特にヴェラのかかわっていた調査内容については、
時々あいまいに答えるところもあり、肝心な部分が抜け落ちているといったことも気にしていた。
理沙の考えている調査方法について、その日の午後に少佐と一緒に行政官に説明をしたところ、
基地の司令官とも相談してからということになり、翌日の対応となった。
行政官はタイタン基地の行政上のトップの立場ではあるものの、基地のすべてのシステムについての責任者として、
司令官が任命されていた。司令官は事業団側から任命された人物であり、その点では軍と対立する立場である。
「システムへの深層調査の件ですが」
ややもったいぶったような言い方で、司令官は理沙と少佐を前にして言った。
「許可いたします。とはいえ」そして、怪訝そうな言い方で「問題はないと思っていますが」
司令官は、いかにもやる気のないような言い方である。
「でも、実際に事故は再発しました」
かつて、事業団に在籍していた頃であれば、もう少し言い方を考えていたのかもしれないが、
今はそんなしがらみを考える必要もなく、単刀直入に理沙は言った。
「過去の、エリシウム基地での事故調査に関しても、私は間接的に原因調査に関わっています」
司令官との会話はそこまでで終わり、そのあとの手続きは機械的に淡々と進められた。

*     *     *     *

理沙は、元々体内に生体モニターのための装置が埋め込まれており、タイタイ基地の居住者の体内に埋め込まれている装置と
仕様は異なるものの、ベルト型のセンサー装置を腕に巻きつける事でシステムとの接続が可能となっている。
実験を行うために中央監視室に近い場所にある、職員用の休憩室が確保された。
理沙は、休憩用のイスに横たわり、右腕にセンサーパッドを取りつけた。
目は開けたまま、システムから流れてくる大量の情報によるイメージが見えてくるのを待つ。
すぐそばで、司令官と行政官、そして少佐が座っている。
「何か、見えますか?」と少佐。
「白い天井が見えます」
少佐はニヤリと笑みを浮かべたが、司令官と行政官は全く表情を変えない。
意識ははっきりしているのだが、視界が徐々にぼやけてゆくのを理沙は感じ取った。
傍で見ている3人にはそんな事は全くわからない。ただ、右腕のセンサーパッドの小さな赤点灯表示が、緑の点滅表示に変わったことが、
システムとの交信が始まった事を示していた。
理沙の視界には、もやもやした霧の中のような映像が、うっすらとした幻のような映像に変化を始めていた。
中枢システムの巨大な情報イメージを、可視化した場合にこうなるといった具体的な根拠はないのだが、
理沙本人の自我意識として、中枢システムの中にあるデータが、徐々に目の前に現れていった。
もやのような幻は、単なるもやではなく、ひとつひとつがデータであり、
ちょうど霧そのものも、顕微鏡レベルで見ていくと小さな水滴であるように、ひとつひとつに着目する必要があった。
しかし、今回の目的はひとつひとつのデータを詳細に調べるのではなく、まずは全体を俯瞰する事。
システムが高い視点から眺めて、あるべき姿からの逸脱行為を発見し、削除したように、
全体を俯瞰して眺めることで、システムが作り出した矛盾点を見つけ出すことができるのではないかと理沙は考えた。
やがて理沙は、自分の傍らに座っている3人が徐々にもやの中に溶け込んでいって、
休憩室全体が、白く光り輝く箱のような状態に変化するのを見た。
やがて理沙は、横たわっていたイスから立ち上がり、その後、理沙の体は光り輝く箱の中心で浮遊した状態になった。
光の箱の壁面には、沢山の映像が現れてきた。
基地に住んでいる1200人すべての意識の中にある映像なのか。時系列にまだ整理されていないように見える。
ごちゃごちゃした早回しの映像のようになっていて、どれに着目していいのか迷うほどだった。
いったん、その早回し映像を各々しっかりと見るのはあきらめて、再び部屋の中心に戻り全体を俯瞰した。
しばらく部屋の中心で待っていると、気持ちを押し潰すような圧迫感がやってきた。
見ているものはあくまでもイメージであり、五感というものはシステムイメージの中にはないものと思っていたのだが、
確かに、全身をぎゅうぎゅうと押し潰すような感覚を理沙は感じていた。
ぶつぶつと、呟くような、うめき声のようなものも聞こえてくる。
壁面の映像の中に、明らかにトーンが暗い部分があった。全身を圧迫する感覚はそこから発生しているのだろうか。
理沙がその部分に注意を向けると、突然に跳ね返されるような感覚とともに、現実世界に戻った。
「どうかしました?」
3人が理沙の顔を覗き込んでいる。少佐が理沙に呼びかけていた。
「何かありました?」
全身を押し潰すような圧迫感は消え去っていた。
「あっ、と叫んで、それだけですが」
理沙はゆっくりとイスから起き上がった。倦怠感や疲労感は特になかった。
壁の時計表示を見ると、意識が薄れた時点から1時間半ほどが経過していた。
「ずっと、死んでいるように見えました。目を開けたまま」

*     *     *     *

夢と違うのは、意識の中にしっかりと残っている事だった。
現実世界からそのままシステムの中に存在する非現実世界に移行し、五感を同じように感じたまま非現実世界を体験していた。
理沙は1時間半の中で見たものを、レポートとしてまとめ少佐に見せた。
翌日には司令官と行政官にもそのレポートについて説明した。
肝心の、最後に見た暗いトーンの部分に注目した時に、突然跳ね返された理由については推測するしかなかったが、
何がしかの拒否反応ではないかと理沙は2人に説明した。
「問題の核心に触れたくないので、システムが拒否したのかもしれません」
核心に触れたくないのは、システムだけではないだろう。
複雑な表情の司令官と行政官を見ながら、理沙の疑念は徐々に確信へと変わっていた。



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