調査結果報告

上昇する着陸船の窓から、理沙は眼下のタイタン基地を眺めていた。
2か月前の到着時には、長旅の疲れもあり少々うたた寝をしていたのだが、今日はそんな事はなかった。
なぜか気分が落ち着かない。昨日ようやく少佐と一緒に調査結果報告をまとめあげて、軍上層部に提出したのだが、
2人で報告書をまとめている間も、意見が衝突し、理沙は軍上層部に対する少々辛口の意見を報告書の中に含めた。
[私たちは、実験台としてここに派遣されたんですかね?]
少佐がそんな不満を述べたが、至極もっともな事だと思った。
真相はヴェラと、過去に自らの体を実験台として参画した理沙だけが知っている。
さらに、ヴェラと行政官の間では、真の原因に関して、何か密約のようなものが交わされていたということも知った。
また、事故の件に関しては、基地の司令官は穏便の事を済ませようと裏で動いていた。
軍上層部、ヴェラと行政官、事業団の手先として動いている司令官。
調査チームは、そんな3つの力関係の狭間で翻弄されていた。
しかし、真相は1つしかない。
決定的な証拠は、ヴェラが残したメモの中にあるものと理沙は信じていた。
窓の外から見えるタイタン基地は、やがてもやのなかに隠れて見えなくなってしまった。
理沙は窓の外を眺めるのをやめて、シートに深く座り、深呼吸をすると目を閉じた。

*     *     *     *

「2か月に及ぶ調査を終え、調査チームはこれから地球へ帰還いたします。
タイタン基地での事故については、調査の結果から、システムの判断処理に不具合が発生し、その結果として、
1回目の事故では4人、2回目の事故では3人の命が失われました。
システムの判断処理についての不具合については、別紙としての詳細レポートをご参照頂くとして、
事故調査結果としては、30年以上前に火星のエリシウム基地で発生した人身事故と、真の原因として変わるところはありません。
問題行動を起こす危険人物の特定について、システムは将来予測に関する誤った判断を行い、
その結果に追い詰められた被害者は、システムにより抹殺されました。
私達調査チームのもうひとつの調査目的としては、真の原因の特定の他に、どのようにシステムの改修を行うべきなのか、
技術者たちに提言を行うというものがあります。
ひとつのヒントになる事象を、私は見つけ出しました。ヒントを与えてくれた技術者は残念ながら亡くなってしまいました。
彼女と直接会話することができればなお良かったのですが、今では推測するしかありません」


「エリシウム基地での事故については、技術者用の事例集、教科書の中に今でも記述されていますが、
事故以来、沢山の技術者が解決のために努力を重ねてきました。
真の自動化システムとは、自分で判断し、その判断については常に正しいもので、矛盾がないようにというのが原則で、
膨大な経験データベースの中から、法則、原理原則を探し出して徐々に精緻化し、
その原則に従って自己判断するというのがあるべき姿なのですが、一点、人間を第一とした判断をするという条件があります。
あるべき姿という点で、エリシウム基地のシステムは間違いを犯しました。
社会全体としてどのようにあるべきかという判断のもとに、将来問題となる要素を摘み取る。
要素としての人間そのものに目を向けることなく、摘み取って抹消する。
人間の手を煩わせることなく判断するためのシステムを、予想外の判断をしないように人間が監視しなくてはならない、
そんな本末転倒な状況が、今でも、またこれから先もずっと、人類にとっての課題になっています。
その課題に対して、ひとりの技術者がある仮定のもとに挑戦することになりました」


「システムを理解するにあたって、そもそも考えるとはいったいどういったことなのか、
意識とはいったいどのようなものなのか、意志決定の働きとはいったいどのようなものなのか、
非常にローレベルな視点から、その技術者の問いかけは始まりました。
その問いかけは、自分自身に対しての問いかけでもあります。そもそも人間とはどのようなものなのかと。
システムが根本的に私達人間と異なるのは、意識と言うものがないという点です。
外から見て判断や思考していると思われているものは、実はあらかじめ設計された回路上の電気信号でしかなく、
なにかを考えたり判断しているわけではありません。入力された問いかけや課題に対して、
膨大なデータベースの中を照合して、最適解であるものに近いものを探し出し、返答しているだけです。
データベースが膨大になれば膨大になるほど、対応できる解答パターンは増えます。私たち人間はそれを経験と呼びますが。
しかしその照合には、単なるロジックしかなく、どうするのか判断に悩むこともなく、機械的に対応します。
もしその判断が人間にとって不利なものであったとしても、最適解として提示します。
そこには感情も理性もなにもありません。言い方を変えれば、冷酷無比といったところでしょうか。
技術者は、感情と理性の根本となるものを、システムに植えつける事が可能かどうか考えました。
そして、深宇宙での居住システムの研究施設として構築されることになった、タイタン基地で実験を行うことを提案しました。
賛同者を探すのに非常に苦労したようですが、タイタン基地の行政官に接近する機会があり、
実験の趣旨について説明を重ね、協力を得る事ができたようです」


「技術者の考えた方法とは、感情と理性がないのであれば、定義をすればいいというものでした。
膨大な事例データベースを精査し、あるものが決定的に欠けているということに気づき、それを植えつけることにしました。
詳細は別紙を参照いただくとして、考え方としてはこうです。
感情と理性は、自分が生きていること、意識を持っているという事から始まるものである。
意識を持っているという実感は、裏を返せば死を意識するということ。
私もかつては彼女と一緒に次世代システムの研究に参画したので、彼女の推理とその結論については納得しています。
死を意識していれば、軽々しく冷酷無比な判断をすることもないだろう。
ある意味、血の通った判断のもとに、また違った行動ができるのではないか。
彼女はその仮定を実証するために、自らを犠牲にしました。
今回の調査による結論は、まだ仮定の段階ではありますが、以下になります。
タイタン基地での今回の事故原因は、エリシウム基地での事故の再現でしかなく、2回の事故の原因はまったく同じです。
それとともに、ひとりの技術者の仮定のもとに、システム内にある概念が植えつけられました。
彼女のその対応が、今後どのような結果を生み出してゆくことになるのかは、今の段階ではまだわかりませんが、
私たちは、新たな未知の世界に足を踏み入れる事になりました。
報告は以上です。地球への帰還後に別紙資料も含めて、改めてご説明いたします」

*     *     *     *

タイタンから土星周回ステーションに到着後、木星行きの連絡船出発まで数日待たされることになったが、
出発準備ができたとのアナウンスがあり、出発ロビーに向かおうとしたところで、少佐が話しかけてきた。
「上層部から連絡が入りました」
情報端末を彼から受け取り、ざっとななめ読みしただけで理沙は状況を理解した。
「やっかいな事をするなということでしょうね」
「そもそもここに来るべきではなかった、と」
基地の建設に携わった事業団。それに対して後から乗り込んできた軍側。
もし理沙がここに呼び出されていなければ、もしかすると事故はもみ消しまたは握り潰され、
タイタン基地での本来の実験活動は淡々と進み、亡くなったヴェラは不慮の事故扱いで処理されていたのかもしれなかった。
しかし、彼女の残したメモが理沙をタイタンへと連れてきた。
「でも、タイタンのシステムが今までのシステムとは違うという事は、いつ証明されるんでしょうね?」
理沙はしばらくの間考えていたが、
「さぁね。私にはわかりません」
ちょうどその時、連絡船への出発ゲートが開いたとのアナウンスが流れた。2人はゲートへと向かった。
「でも、今こうしている間にも、動きが始まっているのかも」



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