司令部への出頭

ようやく自力で身の回りの事をこなせるまでには2か月ほどかかった。
器具や他人の助けを借りずに普通に歩けるようになるのに、さらに1か月かかったが、
歩くことが多少不自由な以外、今までと変わるところはなく、
理沙は週に1回面会に来る元上司である祖父、ジェシーと世間話をするのを楽しみにしていた。
しかし、なんとなく違和感を感じるのは、祖父の理沙に対する態度だった。
何がと問われても理沙自身にもよく分かっていないのだが、とにかく、態度がぎこちない。
腫れ物に触っているような扱いと言うのが合っているのかもしれない。
普段の生活に関する事であればいつものように話すが、木星での事故の事になるとなぜかその事には触れず、
別な話題に向けようとする。
心理的ショックを与えないように、2人は自分の事を心配してくれているのだろうか。
いずれ真相はわかるだろうと思い、理沙は自分から話題を振るのをやめた。


退院の日は、まだ道路には雪が残っていて肌寒かったが、すっきり晴れ陽射しは暖かかった。
入り口のスロープをゆっくりと、支えなしに歩きながら下りてゆく。
迎えに来たのは、ジェシーと祖父。そして軍関係者が2名。
軍が用意したワゴン車に乗り、ジェシーと祖父とはそこでいったんの別れとなった。
ワゴン車の座席に、2人に挟まれるような形で座る。
近くの空港に向かう道中、車内は無言の状態だった。
しかし、息苦しいといった感覚はなかった。
理沙はただ前を見て空港までの風景の変化を眺めていた。
空港に着くと、軍が用意した10人乗りのビジネスジェット機に乗せられた。
ワシントンまでの道中、理沙は座席に座り付き添いの軍関係者とも会話することなく、時々目を閉じて気持ちを落ち着けた。
「これからの予定ですが」
部屋に入ってきた付き添いの女性少佐が、淡々と説明を始めた。
階級を意識しているのか、話し方が少々ぎこちない。
病院で会ったときの祖父と同じく腫れ物に触っている感覚もあった。
「1週間ほど、用意した宿舎でお休みください。宿舎内での行動は自由ですが、外出の際は許可が必要です」
木星での事故調査委員会の会議室の場所、今後の進め方について簡単な説明が続いたのち、少佐は隣の部屋に戻った。
ワシントンに到着すると、さきほどと同じように軍が用意したワゴン車に乗せられて、理沙は宿舎へと向かった。
理沙にあてがわれた部屋は、VIPルームと言うほどではないが、落ち着いて過ごせる広い部屋だった。
部屋の中の調度品をひととおり確認すると、キングサイズのベッドの上に座り、そのまま横になった。
天井のクロスの模様をしばらくの間眺め、やがて一人呟いた。
「軟禁状態かぁ。。。」
仕事の資料もなく、外部との通信も一切許されていない。
このまま1週間いったい何をして過ごせと言うのか。

*     *     *     *

気の遠くなるような長い1週間が終わり、司令部へ出頭する日がやってきた。
医療センターから宿舎へと付き添ってきた、同じ軍関係者といっしょに司令部へと向かう間、車内は無言状態だった。
理沙は最初に、上司の待っている部屋へと案内された。
面と向かって直接会うのは、15か月ぶりである。
タイタン基地での事故の概要について説明を受け、
現地調査のリーダーである少佐と会ったのは、同じこの上司の部屋である。
上司は、敬礼する理沙を暖かく迎えてくれた。
「もう体の方は良くなりましたか?」
「ええ」
理沙は握手を求めてきた上司の手をしっかりと、両手で握りしめた。
付き添いの2人が出て行ったので、理沙はもう気にする必要はないだろうと自分から話題を切り出した。
「いろいろとご心配をおかけしました」
ああ。。上司は小さく呟きソファーに座った。
理沙も同じくソファーに座る。
よく見ると上司は焦っているのか、足元が少々小刻みに震えているのがわかった。
理沙は思い切ってさらに踏み込んでみる事にした。
「私は責任追及されるんでしょうね」
「責任追及どころではないと思う」
気持ちを鎮めようと、言葉を選びながら話しているように見えた。
顔が少々赤くなっているようにも見える。
「まぁ、私がどうしようともう何も出来ない。調査委員会で質問されたら、正直に答えて欲しい。それだけだ」
上司との会話はそこまでで、部屋を出ると再び付き添いの2人と調査委員会の会議室へと向かった。
会議室では10分ほど待たされた。
一人で待っている間、上司から聞いた責任追及という言葉の意味について考えていた。
連絡船の乗組員、タイタン基地調査メンバーの5人はまず生きてはいないだろう。
すべてが粉々になり、あとはフライトレコーダーとボイスレコーダーが発見されているかどうかが真相究明の糸口になる。
そんなことをあれこれ考えていたところ、調査委員会の担当者と思われる2人が会議室に入ってきた。
2人は自己紹介のあとで、今後の調査委員会のスケジュールと進め方について説明し、今日のところはそこで終わりになった。
実質15分ほどの説明を聞かされただけで、その後は宿舎へと戻る。
まだ昼食の時間にも早い時刻。
昼食後は今までのようにやる事のない退屈な午後となった。
しかし、さきほど会った上司の、怒りを抑えようと我慢している表情と、
調査委員会の淡々とした説明との間の関連性が理沙にはよくわからなかった。
自分が知らない何か重大な事実があるのか、または敢えて自分を試しているのだろうか。


その答えは、2日後の会議で明らかになった。
理沙は、真実を話すとのお決まりの宣誓を述べた後、調査委員会のメンバーからの説明を受けた。
「今日は、回収されたブラックボックスから得られた、事故当日の船内の映像と会話についてお見せします」
やはりデータは回収されたのだ。
これで何もかも説明がつくと理沙は思った。
「お見せした後で、個々の内容について私達から質問をいたします」
映像はパーキング軌道で待機している連絡船と、作業プラットフォームの管制官とのコクピット内での会話から始まった。
単調な会話がしばらくの間続いたが、やがて突然に異常を知らせるアラート音がコクピット内に響き渡り、
船長がすぐに対応を始めた。
理沙が見ている限りでは船長の対応に問題はなさそうだった。
ひととおりの対応を終え、管制官との会話が終わると、船長はを副操縦士に対応を任せてコクピットを出て行った。
映像は切り替わり、廊下で船長が理沙から声をかけられているところが写っていた。
何か手伝えることはないかとの理沙からの申し出を、船長は丁寧に断っていた。
さらに時間がたち、再び廊下に響き渡るアラート音。
理沙が再び廊下に出て少佐と会話している。
そこで、ごくごく些細なところではあったが、理沙は映像の内容に多少の違和感を覚えた。
やがて船長がやってきて、現在の状況についてリーダーは船長に尋ねた。
そこで理沙は再び何か手伝えることはないかと船長に申し出たが、今度はリーダーから制止された。
映像の確認は4時間ほどかかり、間に休憩時間が入った。
長々とした映像の最後は、理沙が救命ボートに入り一人で待っているところだった。
救命ボートの中で理沙は仕事の資料を眺めていたのだが、やがて席を立ち上がりその後で救命ボートのハッチが閉じた。
窓の外を眺めて落ち着かない理沙、映像が切り替わり連絡船を離れてゆく救命ボート、そして突然に映像が終わる。
映像を見ている間に溜まりにたまった、怒りとも言えるような感情により、理沙は落ち着かなかった。
「映像は以上です。このあと個々のあなたの行動について質問いたします」

*     *     *     *

宿舎に戻ってからも、気分は落ち着かずベッドに横になってもなかなか寝付けなかった。
映像の途中で何度も反論したいと理沙は思った。
違和感は確証となり、強烈な気持ちがおさまらなかった。
「まず、私が言いたのは」
翌日の最初の討論の場で、理沙は冷静な気持ちで言った。
「これはすべて事実と異なります。覚えている限りでは私はあのような事は言っていません」
なるほど。
委員会の担当者はそう言うと、今までと同じように淡々と会議を進めた。
まるで理沙が反論するのは想定の範囲内だというように。
「しかし、これはブラックボックスに記録された正式な記録です。もちろん、反論は許されますが」
理沙はそのあと、個々の会話記録の中で、違和感を覚えた点についてひとつひとつ指摘をした。
映像は再び最初に戻され、気になったところで映像を止め、映像の中での自分の発言について訂正した。
「すべては私が自分勝手に行動したと記録していますが、そのような事はありません。リーダーである少佐ときちんと会話の上、
その場で最善と考える対応をしたまでです」
「では、記録されているデータが誤っていると?」
しっかりと、見据えるような目つきで担当者は理沙のことを見つめている。
「あなたは非常に重大な点で反論をしようとしています」
もう一人の、別の担当者が理沙に鋭い問いかけをしてきた。
「自分の過失を、他人に責任転嫁している事になりますが、それでもいいのですか?」
会話が噛み合っていないな、と理沙は思った。
「いいえ、そうではなく、単にこの記録されているデータが事実と異なると私は述べています」
担当者は互いに顔を見合わせ、悩んでいるように見えた。
やっかいな事になっていると思っているのだろう。
しかし理沙は動揺することなく2人の対応を待った。
「わかりました」
2日後に再び会議が行われることになると述べると、担当者は会議を一方的に終わらせた。

*     *     *     *

2日後の会議も、お互いに平行線のまま、映像記録についての理沙からの指摘と、噛み合わない会話が続いた。
担当者側には軍の関係者が2人さらに加わり、軍士官としての対応の観点から、理沙の発言に対しての指摘が入った。
「あなたは、士官として対応を誤っています」
まだ公試運転中の連絡船を、地球への帰還を急ぎたいだけの目的のために利用し、
さらには自分勝手に救命ボートに入り、乗組員と調査メンバーを見捨てて救命ボートを発進させた。
その点について理沙は再び追及された。
開いた口が塞がらないとはこういった事か。
調査担当者の言葉よりも、同じ軍人の目線で指摘され理沙はショックを受けたが、
気持ちを再び奮い立たせ、反論した。
「ですが、身に覚えがないのです。正しくない事に対しては私は反論します」
その一言に対して、軍の関係者は軍法会議扱いになるだろうと述べると、その日の会議も一方的に終わった。



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