記憶との相違

「前回は、一方的な説明であった事は否定できませんが、今回は詳細なデータをもとにご説明します」
帰宅を許されていた1週間の間、理沙は静かに考える時間を持つことができた。
その精神的リハビリのおかげで、担当者が説明する間も、理沙は少々気持ちに余裕があった。
自分の意見がことごとく否定された前回の会議と異なり、今回はもう少し落ち着いて会話することができるのだろうか。
連絡船の事故調査チームがまとめた資料をもとに、当時調査を担当した一人が説明するのを聞く。
「これが連絡船の事故に至るまでの軌道データです。作業プラットフォームの管制室から入手したもので、
データの内容は正確、かつ客観的なものです」
作業プラットフォームを出発後、木星のまわりを周回し出発の時を待つその軌道データには、理沙は特に違和感はなかった。
位置と時刻等、正確に理沙の頭の中に入っているわけではないが、
救命ボートが連絡船を離れた時の場所と、時刻が画面上に表示され、その直後に2つの位置データが消えた。
「ちょっと待ってください」
理沙は即座に反応した。
「救命ボートの発振器は作動していたはずですが」
調査担当者は首を振った。
「この時点で2つとも消えました。いったんは」
高精度レーダー衛星の情報をもとに、船体の部品、乗組員と乗客の遺体などが1ヶ月かけて回収されたと、担当者の説明は続いた。
「救命ボートは、船体部品も含め、かなり大きい物体に該当しますが、この時点では発見されていません」
懸命な捜索にもかかわらず、理沙の乗っていた救命ボートは、発見されないまま2ヶ月間漂流していた事になる。
「では、私はどうやって発見されたのですか?」
調査担当者は、非常にあり得ない事だと前置きをしてから、言った。
「管制室のディスプレイ上に、突然に救命ボートの位置と、識別IDが表示されました」

*     *     *     *

話が戻って、連絡船の事故原因についての説明が行われた。
ブラックボックスが回収されたことで、事故に至るまでの経緯はかなりはっきりとわかってきた。
動力系システムにトラブルが発生し、コクピットでは懸命の回復操作が行われていたのだが、当時の詳細な状況がわかってきた。
ブラックボックスに保管されているデータをもとに、当時の核融合炉の状況、推進システムとの連携状況の説明が行われた。
理沙は事故当時の状況を思い出しながら、頭の中で船長と会話した内容と照合してみた。
動力系制御のトラブルであると、当時理沙は推測し、もしかしたら自分も何らかの手助けができるのではと考えたが、
五分五分の状況であるということがわかってきた。
「モニターデータについて、もう少し詳細を見せていただけないでしょうか?」
調査担当者は首を振った。
「それはできません」
言われて理沙は先日の説明会の時のように、感情的になりそうになった。
しかし理沙の表情の変化を見て、調査担当者は即座に訂正した。
「すみません。残念ながら詳細なデータには、一部欠落している部分がありまして」
原因は特定できないのだが、データの一部に破損個所があるのか、アクセスエラーとなってしまうとの事。
100パーセントの信頼性のブラックボックスだが、そういった事もごく稀にあるのだろうか。
「データの破損が発生するほど、事故が酷かったということでしょうね」
理沙は自分なりの感想を述べた。
「では、あなたは事故原因についてどのように考えますか?」
調査担当者からの問いかけに、理沙は少しの間考えていたが、
「ブラックボックスのデータだけに頼っても、結論は見えてこないと思います。回収した部品も含め、総合的な分析が必要かと」
ただし。。。。理沙はあくまでも推測であると前置きをしてから、
「普通に考えれば、動力炉のトラブルで爆発事故はあり得ないと思います。他の要因があるか、または」
意図的な要因について、理沙は自身の考えを述べ始めた。


意図的な要因について考えを述べると、調査担当者は他の担当者と顔を見合わせた。
オブザーバーとして参加している軍関係者は、非常に怪訝そうな表情を見せた。
「仕組まれた事故とすれば、犯人の特定は出来るのですか?」
「それはわかりません」
理沙がそう答えると、調査担当者含め、皆の間からため息が漏れるのが聞こえた。
「今のところは、です。もっと調査を進めれば分かる事なのか、それとも証拠不十分で終わるのか」
理沙のその発言がよほど気になったのか、当事案の担当者が横から割り込んできた。
「証拠はあるのでは。船内モニターの画像が証拠の全てかと」
「ちょっと待ってください。あれは事実と異なります」
理沙の鋭い声が、会議室の中に響いた。
言ってしまったあとで理沙は少々後悔した。
すぐに気持ちを落ち着けて調査担当者の方に再び視線を戻した。
「もしデータの破損している箇所に、真の原因に該当する情報が存在していたとすれば、意図的な要因も考えられると思います」
「なるほど」
何物かが意図的に、証拠隠滅を行った事も排除はできないと仮定したところで、その日の会議は終わった。

*     *     *     *

昼食を終えて理沙が会議室に戻ると、午後からの会議は予定より1時間遅れて始まるとの連絡があり、
理沙は休憩ロビーへと向かっていった。
同じ頃、食堂脇の小さな会議スペースで、調査担当者は軍関係者の一人から呼ばれて2人だけで会話をしていた。
「実は」
オブザーバー参加の少佐は調査担当者に言った。
「それもあるんじゃないかと、私も同じ事を考えていたところだ」
「意図的に、という事でしょうか?」
それはちょっと違うと、少佐は否定したが、
「意図的にと決めつけることができるのかが難しい。なにせ意識のない存在が故意にやるなんてことは考えられない」
「でも起こったとしたら、かなりの大事です。タイタン基地の事故のように」
まわりに聞き耳を立てている人はいないだろうか、2人はあたりを見渡した。
「お互い、知っている事だからな。とにかく、意識を持ったと思われるシステムが事故を起こして、焦っている」
しかも、理沙はタイタン基地の事故調査の当事者として、真実に一番近い場所にいた。
彼女の意見を今回の事故に紛れ込ませてもみ消す事は可能かもしれない。
しかしシステムの事故については、対応を誤れば、今後重大な禍根を残すことになるだろう。
その後しばらくの間2人の会話は続いたが、結局のところ結論のないまま会議室に戻ることになった。

*     *     *     *

「調査チーム内で、さきほどのあなたの意見について会話したのですが」
そして事故調査の担当者は、理沙に対してきっぱりと一言。
「あなたの意見は、この会議の場で扱うことはできないと判断しました。別な場で議論したいと思います」
そうきたか、と理沙は思った。
意図的な力が働いている事を理由に、自分に不利となっている、船内画像データについて指摘を進めようと思っていたが、
会議で扱えないと一蹴され、議論は再び振り出しに戻った。
連絡船の事故についての客観的データについての説明は、午後もさらに続いたが、
理沙にとって特に目新しいものはなく、非常に退屈な午後の会議となってしまった。


再びの帰宅の許可が出た。
自宅にいる間は行動は自由で、家で何もせずに過ごすもよし、近所であれば歩き回るもよし。
しかし、理沙は精神的な意味で不自由な生活をしていた。
不審な行動をすればすぐに何がしかの対応が可能なように、あらゆるところに監視システムの目が光っているはずだった。
何もかも、自分の存在までもが否定されて、今のところは自分が正しい事を立証するための手段すらない。
唯一の気晴らしは、近所に住んでいるジェシーが、毎日欠かさずに自宅に通ってくれる事だった。
彼女と話をしていると、心の中の閉塞感が一時的にではあるが解消される。
からりと晴れたその日は、理沙は午前中は庭の手入れをして、昼近くにジェシーがやってきたので一緒に庭で食事をした。
いつものように世間話が続き、ひととおり話題が尽きると、
「ねぇ、理沙」
ちょっと考え込んでいる理沙の表情を見て、気になっているのか、彼女はやんわりと気持ちを察して、
「お爺さんから聞いたよ。いろいろと追い込まれてるんだね」
そして、自分には力になれる事は何もないけどと前置きをしてから、
「でも、自分が正しいと思っているんだったら、弱気になることはないと思うよ」
絶対に諦めなければ道は開ける。
非常に簡潔な一言だったが、その言葉はじんわりと心に浸み込み、徐々に燃えるような闘志へと変わっていった。



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