美魔女ふたり

「あと30分ほどお待ちいただけないでしょうか」
オペレーター主任からの連絡はこれで何度目だろうか。
「わかりました」
理沙は再度頷いたが、もうこれ以上は待ちきれない心境だった。
「システムの移管作業ってのは、それほど時間がかかるものなのかね?」
理沙が目で合図することもなく、すぐそばにいる大佐が理沙の思いを代わりに述べてくれた。


巡洋艦「アトランティス」は巨大宇宙船に横づけして、アンカーを繋ぎ連絡通路を連結していた。
作業プラットフォームCへの接岸は明日の予定。
その前に公試運転のスタッフ達からの完了報告と移管作業を行うことになっている。
今後乗組員となる160名は到着ロビーに既に整列して引継ぎ式を待っていた。
公試運転のスタッフの一部も向かい合って整列している。
あとは、中央制御室で作業中の10名のスタッフ、そしてこの船を木星まで指揮してきた女性士官がこの場に加わるだけだった。


「今、中央制御室を出ました」
長い事待っていた連絡を受けて、オペレーター主任は少々安堵した表情になっていた。
中央制御室からこの到着ロビーまでは、連絡シャフトを使用して5分ほどで到着できるはずだった。
今まで待っていた、理沙にとっては謎多き女性士官と対面するまであと5分。
自分に対しては一切正体を明かさず、定期的な連絡メールの内容も事務的で非常にそっけなく、
一時期は彼女と職務を共にしていたはずの大佐からもプロフィール情報すら聞き出せない。
そして、挙句の果てにはさんざん人を待たせるとは。
理沙の想像の中で彼女のイメージはどんどん膨らむばかりだった。
長い軍人生活、開発局での生活の中で、扱いにくい人物には山ほど会ってきた。
互いにプライドを競い合い、文字通りの争いになったこともある。
冷酷無比な氷のような女性士官。
ならば今回も正面から受け止めてやろう。


「到着しました」
到着ロビーから少し離れたところにある、連絡シャフト乗り場に到着を示すランプがついた。
乗組員160名と公試運転スタッフたちの背筋が一気に伸びて、場内の空気が張りつめた。
理沙もまた姿勢を正した。
10名ほどのスタッフがこちらに向かってくる。
中心には女性士官であろう人物。
理沙は彼らのことを目で追った。
場内は異常なほどに静まり返っている。その静けさが理沙さらに緊張させる。
スタッフ中央の女性士官がしっかりと理沙の事を見ている。
理沙は、突然に周りの風景が認識できなくなり、女性士官と一対一で対峙しているような感覚になった。
お互いに10メートルほどまで接近したところで、女性士官の身なりと表情がはっきりと見えた。
2人だけになって、自分たちだけの空間に閉じ込められたような感覚。
時間が一瞬にして遡り、過去の世界の中で凍結したはずの女性が目の前で理沙に微笑んでいる。
「艦長」
目の前の女性は理沙の記憶の中から突然に現実の世界に登場した。
彼女から呼ばれて理沙は我に返った。
「お待たせして申し訳ありません。道中お疲れ様でした。皆様を歓迎します」


*     *     *     *

公試運転の報告と移管のための引継ぎ式が始まった。
理沙は女性士官の目の前に立っているので、彼女の姿だけが視野に入っていて気分が落ち着かない。
式は5分もかからずに終わった。
「引継ぎ式は以上で終わりです。これより私達公試スタッフから皆様への移管が正式に始まります」
女性士官の堂々とした発言に理沙は非常な違和感を感じていた。
記憶の中から蘇った彼女の口から、このような堂々とした発言が出るとは想像もできない。
何かの間違いだ。
その後は大佐、女性士官、最後に理沙が訓示を述べた。
理沙はいつものように周到な準備をして、この日のスピーチのために備えていた。
いつものように淡々と話したつもりだったが、今までで最低の内容の訓示になってしまった。
自分が思っていることの半分も話すことができなかった。


訓示が終わり、乗組員も公試スタッフも解散してさっそく各自の持ち場に向かい始めた。
目の前の女性士官が理沙に近づいてきた。
彼女は理沙の手を取るとオペレーター主任に言った。
「艦長就任式は2時間後です」
そして連絡シャフト乗り場に理沙を案内する。
「式までの間、私は艦長を船内設備にご案内します」


*     *     *     *

2人はカーゴに乗り込んだ。
10人ほどが乗ると満員になるほどの広さのカーゴは、扉が閉まると息が詰まるほどの静けさ。
壁はすべてクッション材で覆われていて、低い天井には柔らかい暖色系のパネル照明。
シートに向かい合わせに座る。
かすかな加速Gを感じカーゴは動力区画に向かう。
2人はお互いに何も言わない。
女性士官はほんの少し口元に笑みを見せているが。
静けさに耐えきれなくなったのは理沙の方だった。
「あなた、もしかして」
女性士官は真顔で理沙を見つめる。
「直子ちゃん?」
「そうよ」
ようやく彼女の口から違和感のない言葉を聞いた。
理沙の気持ちの中で渦巻いていた疑問にようやく決着がついた。
しかし、50年近い時間の断絶が理沙を襲った。
「こんな事になるとは思ってもいなかったでしょ?」

まもなく動力区画という案内が表示され、穏やかな減速Gを感じる。
「でも、こうするしかなかったのよ」
動力区画到着のアナウンスが静かに流れ、カーゴは停止した。
女性士官が先に立ち上がる。
「いつか時間があるときに、今までの経緯をお話しします」



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