覚悟を問われる
私たちは、しょせん捨て駒なのか?
そんな不安を日々抱きながらも、直子はいつもと同じように振舞っていた。表向きは。
しかし、管理職だけの会議の場ではそんな気遣いは無用だ。
会議室で理沙と大佐含め3人だけになった時、直子は話を切り出した。
「行政官、ちょっとお話が」
直子からの問いかけに少々違和感を覚えながらも、理沙は直子を正面から見つめた。
「私も大佐も、あなたの最近の行動に非常に焦っています。物事がうまくいっている時ほど、警戒しなくては」
「私も、ただやみくもに行動しているわけではありません」
非常に落ち着き払っている理沙のその言い方に対し、直子はさらに問いかける。
「まぁ、そうでしょう。あなたもかつては私と同じく軍の士官。その戦略にはいつも尊敬しています」
「レーザー発振基地の事ですね」
直子は頷いた。
「無害な科学的計画と見せかけておいて、戦いの武器として仕上げる。まぁ、地球政府も分かっていたとは思いますが」
最近特に、会議の場では地球政府という言葉が常習的に使われるようになっていた。
いつからかは定かではないが、いつの間にか使われている言葉になっていた。
その言葉には、自分たちは単なる国家の手足ではなく、核融合燃料の生産のための基地でもない、
自立した存在であるという意識が込められていた。
「焦っていると思いますよ。私がさらりとレーザー発振基地の建設計画を公にして、それからの合衆国政府の態度は」
実際のところ、理沙が行政官として初めて公の場に登場し、その時に所信表明もかねてレーザー発振基地建設計画の事を
説明したのだが、その後アメリカ合衆国含め、地球の国々から公式のコメントは全くない。
「静かな時ほど、あれこれ考えている。よくある事でしょう」
そこで直子は、単刀直入に自分の悩みを打ち明けた。
「静かなのは政府だけでなくて、軍も同じく」
理沙の頬が、笑みで徐々に緩んでいくのが見えた。
しばらくの間天井を見つめ、考え事をしているように見えた。
そして理沙は言った。
「お二人とも、不安という事?」
直子は大佐の方を見た。大佐は小さく頷いていた。
「相手を不安に陥れるのに一番効果的なのは、何もしない事。語らず、行動せず、相手にすらしない」
「さすがね。元大佐」
自分たちの置かれている立場について、直子は話し始めた。
今回の理沙の公のコメントに対して、軍上層部からも直子と大佐に対して何の反応もなかった。
木星の管理職として、ある意味クーデターにも受け取れるような行動ゆえ、呼び出されて尋問なんてことも当然あるだろう。
国防長官から、クビにされる事だって十分にあり得る。
理沙の初心表明に対する客観的なコメントを上官に送付し、直子は反応を待ったが、1週間経っても反応がない。
日々の報告に対してすら、全く反応がない。
「おそらく」
理沙は不安な気持ちの二人に、単刀直入に答えた。
「お二人ともクビになると思います」
直子と大佐は、お互いに顔を見合わせて、笑った。
「ある意味、今のその一言で吹っ切れました。とはいえ、これはこの場だけでの話です」
笑みで緩んだ表情を引き締めて、直子は理沙に問いかける。
「以前も同じようなことを質問しましたが、同じ事をまた言います。あなたはこの先何がしたいのですか?」
理沙は腕を組んで、数分の間考えていた。
「結局のところ、以前に言った事の繰り返しになりますが、今でも考えは変わりません。
木星を単なる核融合燃料生産の場所ではなく、太陽系発展の中心となる場所にしたいということです。
人々が交流し、木星を足掛かりにしてさらに遠くへ、
今までのような地球中心の考えから変えていきたいと思っています」
「そのために、独立戦争をしたいと?」
「待って、結論が速すぎます」
直子に結論を先読みされてしまって、理沙は少々不服な様子だった。
「たったひとつの地球、なんて言葉もありますが、私が言いたい事の本質は、地球を脱出することではありません。
それは単なる手段のひとつです。目的と手段をはき違えないように。
地球環境に今まで何十億年も慣れ親しんでしまった生物が、外の世界に出てゆくためには段階を踏む必要があります。
技術的には、あともう少しで恒星間へ進出するための手段を確立できると思っています。
私たちのこの船はそのために作られたプロトタイプです。木星を太陽系の中心にするという提案書を、50年前に私は書きましたが、
まさかこんなに早くに恒星間へ乗り出せる船を作るとは、想像もしていませんでした」
直子は、そこで思っていた事を口に出そう思ったのだが、先ほど理沙からたしなめられた事もあり、やめた。
「技術的に可能になって、では、人類はその段階で太陽系の外に足をのばしていくのか?
それはないと思っています。月や火星にも生活の場が確立して、新たな社会が構築されようとしていますが、
まだ何かが足りないと私は思っています。これから先、遠くないある日に重大な決断を迫られるでしょうね」
「それがつまり。。。。」
直子がそう言いかけたところで、理沙は頷いた。
「意志ってものね」
* * * *
数日前の所信表明の場で、理沙は最後の数分間ではあるが、意志の力の大切さについて述べた。
「人類が地球の外に生活の場を構築し始めて、かれこれ50年以上経ちます。
小さなプレハブ住宅から始まって、恒久的な基地に発展するまでに10年近くかかりましたが、住む場所は確立しました。
しかし、住む場所があればそれでいいかといえば、食料も水も地球からの補給に頼っている状態で、
その状態から完全に脱却するまでにはさらに10年かかりました。月も火星も、自給自足までには20年かかっています。
苦しい生活ではありましたが、喜ばしい事もありました。最初の子供が誕生し、そこで住民の意識は一気に変化しました。
その土地を故郷にする人間が誕生したわけですから。
私たちは、さらに次の段階に進もうとしています。木星の居住施設では食料も水も自給自足可能な状態にあります。
太陽に頼らない、核融合エネルギー資源を中心とした生活も確立しています。
あと私たちに足りないのは、意志の力です。
アメリカ合衆国が独立宣言した300年以上前と、今は同じような状況にあります」
* * * *
「今のところは動きがないのは、何か戦略を考えているからだと思います」
理沙は、直子と大佐に対して、今後起きるであろう事態について、自分なりの予想を淡々と述べた。
「その考えが行動になるまで、私たちの方から動く必要はないと思います。冷静な気持ちで眺めましょう。
そしてもしその時が来たら、恐れずに行動すればいい。
うろたえることなくしっかりとした意志をもって、私たちの生命線を断つなり、または制裁を加えるなり、それも想定の範囲内です。
私達も地球国家の生命線をしっかりと握っているという強みがありますから」
「それはわかっています。この現場の誰もが同じような考えだと思います」
直子は、気持ちがどんどん理沙の方へと誘導されて、引き込まれているような感じがした。
良く言えば行政官である姉にとことんついて行く。
悪く言えばもう軍をクビになったようなものだから、やけくそといった心境か。
「あなたの初心表明にはほぼ全員が賛成しています。でも、あなたの言動が住民1万人の生命を左右することも忘れないで。
お分かりとは思いますが」
直子からのその一言で、理沙は彼女の覚悟を感じ取った。
その後の数分間、2人は何も言わず、腕組みしたままで静かに見つめ合っていた。
「戦争になるでしょうね」
ようやく、理沙の方から結論を述べた。
「私たちが、勝てると思ってますか?」
理沙は言った。
「負ける事はないと思います」
人類が宇宙への進出を始めてから、今のところ宇宙での戦争の記録はなく、今回人類史上初めての戦争経験となるはずである。
今までに、レーザーを使用した小さな小競り合い、軍事衛星の破壊や、物理的な破壊を伴わないシステムの機能破壊はあったが、
木星での戦いは具体的にどのような形になるのか。
まだ想像はつかなかった。
「現場を巻き込んで、それでも行うだけの価値があると?」
しばらく間があったが、理沙はやがて頷いた。
「それがあなたが演説で述べた、意志というものの正体?」
「そうよ」
本当に心から望んでいる事なのか、直子は再び理沙に問いかけた。
「自分は、きっかけを作りたいと思っています。強い意志を足掛かりにして自立すること。地球を拠り所としない、
つまりは宇宙民族になって欲しいというのが私の本心です。私が言いたいのはそれだけ」
これ以上の質問は、もう必要ないと直子は思った。
清々しい、そんな姉の表情を見るのは、久しぶりだった。
「わかりました」
小さく頭を下げ、直子は再び姉の事をしっかりと見つめた。
「私は、全面的にあなたに協力します」