カウントゼロ
作業プラットフォームEへの攻撃を確認したことで、中央制御室は戦闘開始モードに切り替わり、
レーザー発信基地から揚陸艦への攻撃カウントダウンが始まった。
一番近いレーザー発信基地から、揚陸艦まではまだ距離が離れており、有効射程圏内にはない。
「有効射程まで、あと120秒」
3つのレーザー発信基地のうち2つは、2隻の揚陸艦にロックオンされている。
「引き続き追跡」
直子は、作戦指揮席から淡々と指示をする。
「作業プラットフォームEからの被害状況が入りました」
ディスプレイには、作業プラットフォームEのリーダーの姿が。
「動力系に被害。4系統のうち2系統を破壊されましたが、残りで現状維持可能」
「あと60秒」
カウントダウンを読み上げる声が、リーダーの声に被る。
直子はリーダーに、プラットフォームに残っているスタッフの安全を最優先するよう指示した。
ディスプレイ上に示される、レーザー発振基地の有効射程のエリア内に揚陸艦2隻のうち1隻が入り込んできた。
「いつでも発射可能です」
作戦実施担当の声に引き続き、統合指令リーダーからの声が。
「発射指示を」
艦長席の理沙は、直子の背後から彼女の行動を見守る。
数秒間の沈黙の後、直子は、
「追跡を継続」
統合司令リーダーの表情が一瞬こわばる。しかしすぐに従った。
「了解しました」
その後、1分も経たずに、揚陸艦から物体が切り離されるのが確認された。
「飛翔体発射を確認。ミサイルかと」
予想される軌道がすぐにディスプレイ上に表示された。まっすぐに自分たちの方に向かっている。
直子はすぐに指示した。
「No2をミサイルにロックオン」
レーザー発振基地No2がミサイル追跡のために向きを変えた。
既にNo1とNo3は2隻の揚陸艦にロックオンされているので、これ以上追跡する物体が増えれば対応が困難になる。
「発射指示を」
統合作戦リーダーが再び直子に問いかける。
そこで直子は振り向いた。
「行政官」
数メートルの距離で、理沙と直子は向き合った。
以前のあの時のように、直子が深層意識の中に潜入してくる事になるのだろうか、理沙は身構えた。
しかし、何事も起こらなかった。
「これより、即時発射モードに切り替えます」
直子は再び前を向き、統合作戦リーダーに指示をした。
揚陸艦艦長は、レーザー発振基地からのガイドレーザー照射を確認したとの報告に、身が引き締まるのを感じた。
太陽系内で、おそらく初めての艦対艦の実戦になるかもしれないと覚悟はしていたが、
いざその時になってみると、実感がわかない。
まだ夢を見ているような感覚だった。
艦長は、これからやるべき事を再び頭の中でシミュレーションした。
2隻の揚陸艦のうち1隻は、宇宙船と並行する軌道に入り、何度かの微調整ののちに最接近し、並走する。
宇宙船に向けて、レーザーで総攻撃を行い船のインフラ部分を破壊する。
その後、上陸艇で破壊された箇所から船内に乗りこみ、管理ブロックを占拠する。
しかし、居住区画を中心に、氷のブロックで厳重に保護されているので、大出力レーザーの効果はわからない。
もしかしたら、非常に手こずるかもしれない。
先方の兵装についても、未知の部分が多かった。
相手は民間人がほとんどとはいえ、軍関係者の指導の下で接近戦を想定した作戦を考えているかもしれない。
そして、そのトップには、すでに軍は退役しているものの優秀な指導者がいる。
「ミサイル発射準備」
作戦司令のその声で、艦長は再び気持ちを作戦に集中した。
「宇宙船に向け、ターゲット設定」
「設定を確認。発射の指示を」
艦長は、予定コースを確認した。
「宇宙船に向け、発射」
彼が指示するとすぐにミサイルは発射された。
ミサイルは徐々に接近している。
あと数時間のうちに宇宙船に最接近するコースをたどっているが、もし核ミサイルである場合には、
かなりの距離があったとしても、熱線、中性子線の影響は甚大なはずである。
その点では、当方そして揚陸艦側もお互いに同じリスクを抱えている。
揚陸艦は接近戦を望んでいるのであれば、できるだけ宇宙船と接近するコースを進みたいはずだが、
あまり接近しすぎると、核ミサイルにより重大なダメージを受けてしまう。
宇宙船と揚陸艦の間を、ミサイルは飛行を続けていた。
「なかなか難しい事してくれますね」
理沙は呟いた。
いつ爆発させるのかについては、揚陸艦側の決定次第である。
中央制御室の空気が、緊張の度合いを徐々に上げている中、理沙は腕組みをして画面の軌道表示だけ注目した。
「距離と、残り時間の読み上げ継続」
直子もまた、極めて淡々と対応していた。
「下手に、すぐにスイッチ入れるようなマネはしないでしょう」
彼女のその一言に、理沙は苦笑いしてしまった。
笑ってしまったあとで、理沙は中央制御室内を見渡したが、笑顔の者は誰一人いない。
「ミサイルまでの距離、6000キロ」
「相対速度は毎秒1.5キロ」
「No2の追跡継続中」
「核ミサイルのタイマー解除準備」
作戦指令が、宇宙船までの距離と、最接近までの残り時間を読み上げる。
核ミサイルは2隻の宇宙船の間の並走を続けている。
爆破のためには、タイマー解除が必要で、艦長だけが知っている解除コードの入力が必要となる。
「これよりタイマーを解除する」
艦長は、コンソールパネルから解除コードを入力した。
「コード入力完了」
ディスプレイ上に示される核ミサイルの位置表示が、緑から赤に変化した。
「解除を確認」
作戦指令室内に、アラート音が響いた。そして艦内アナウンスが3度行われる。
[核攻撃体制に入りました。乗組員は各自非常退避エリア避難を再確認せよ]
船内の1000人近い乗組員と戦闘員は、核爆発の熱線と中性子線に耐える退避エリアへの避難が既に完了している。
1000人のうち半分以上の戦闘員は、核攻撃後に直ちに宇宙船に乗船可能なように既に戦闘モードの準備ができていた。
非常退避エリアと同レベルの防御がされている作戦指令室で、引き続きスタッフは指揮を続ける。
「乗組員全員の退避エリアへの移動完了を確認」
作戦指令は、引き続き核ミサイルのタイマーセットを艦長に確認する。
「タイマーセットの指示を」
宇宙船との接近軌道を確認し、艦長は言った。
「宇宙船から1000キロメートルの距離にセット」
作戦指令は、指示を復唱した。
「セット完了」
残りの距離と、残り時間の表示が、ディスプレイ中央に現れた。
「ミサイルの破壊措置を」
統合作戦リーダーは再び言った。
「破壊措置の準備」
直子のその一言で、中央制御室の緊張がさらに高まる。
すぐに船内にはアラート音とともに、アナウンスが流れた。
[全セクション、非常退避エリアへの避難を再確認。居住区画はこれより閉鎖。各自非常時の安全体勢を]
この日のために、居住区の周りを保護する氷のブロックが準備されていた。
高出力のレーザー光、熱線、中性子線への耐久テストも行われてきた。
しかし、実戦状態での使用経験はまだない。
不安な気持ちはあるが、理沙は実験結果を信用することにした。
「全員退避を再確認」
船内環境担当のそのおだやかな口調に、ほんの一時ではあるが理沙は安堵した。
「No2の状況確認」
直子は統合作戦リーダーに問いかける。
「いつでもGoです」
「では、破壊ポイントを指示します」
直子は、ミサイルの軌道予測表示を注視し、言った。
「宇宙船から1500キロメートルにセット」
爆破までの残り時間が、時間単位から分単位になってきた。
お互いに、腹の探り合いといった状態なのだろうと艦長は思った。
「残り50分」
艦長は、ミサイルの現在位置、そして自分たちを狙っている3基のレーザー発振基地のことを気にしていた。
レーザー発振基地の火力の性能は、揚陸艦に搭載されているレーザー砲のはるか上である。
焦点の絞り具合にもよるが、最大出力で砲撃されれば揚陸艦の装甲は軽く破られてしまう。
では、対抗策が全くないのかといえば、レーザー発振基地の中核部分を狙い攻撃するという手段は残されていた。
後を進むもう一隻の揚陸艦は、既にその中核部分に狙いを定めていた。
「脅しをかけてみますか?」
作戦指令のその言葉に、艦長は頷いた。
「レーザー発振基地にロックオン」
レーザー発振基地担当が叫んだ。
「No1がガイドレーザーを確認。揚陸艦からです」
「ガイドレーザー確認」
統合作戦リーダーが復唱した。
「残り40分」
ミサイル破壊の残り時間が刻々と近づく。読み上げる声は相変わらず冷静だった。
最後まで粘るわね。。。相手もなかなかやるなと理沙は思った。
先方の艦長がどんな人物かはわからないが、自分と同じような思考回路の持ち主なのだろう。
「発射指示を」
「いいえ」
直子は、はやる気持ちの統合作戦リーダーにきっぱりと言った。
再び直子が振り向いた。
理沙に対して何も言わなかったが、口元が微妙に動いているのは見えた。
まだだよ、といった風に。
ミサイルが、ある程度の距離まで接近した場合には、熱線や中性子線の影響以上に、高速で飛び散った破片の衝突も
気にしておく必要があった。
それは揚陸艦の場合も同様である。お互いにぎりぎりまで粘るつもりなのか。
淡々と残り時間を読み上げる声だけが、しばらくの間続いた。
「まもなく、直接破壊エリアに入ります」
残り時間は10分を切っていた。
「まだ、レーザーは発射されません」
残り時間はまもなく10分になる。作戦指令の声にも焦りが。
「冷静に」
艦長は淡々と、しかし部屋の中に良く通る声で言った。
揚陸艦もまた、まもなく破壊危険エリアに入ろうとしていた。
秒速数十キロメートルで飛び散る破片が船体を襲えば、かなりのダメージを受ける事になる。
「10分前」
残り数分となった。揚陸艦からレーザー発振基地への攻撃はまだない。
再び直子が振り向き、理沙の方を見た。
「行政官、発射の最終決定を」
やはり最後の指示は自分に任されたのだ。理沙は深呼吸をすると、
「承認しました。発射120秒前」
同じカウントダウン表示が既にディスプレイ上に表示されてはいるが、自分で読み上げると気持ちが引き締まる。
ミサイルが破壊されると、引き続きどのような事態になるのだろうか。
発射の前に、揚陸艦から先手を打たれてレーザー発振基地が使用不能になるのか。
そうなれば、核ミサイルが爆発して宇宙船も揚陸艦も多大なダメージを受ける。
ぎりぎり直前で核ミサイルの起動スイッチを揚陸艦の艦長が止めるか。
理沙はそんな事を考えながら秒読みを続けた。
「60秒前」
結果はどうであれ、地球と木星は戦争状態に突入し、引き続きの戦闘で死屍累々の状態となるのか。
残り30秒を切り、理沙は発射スイッチに手を伸ばした。
「レーザー発射。10秒前」
そしてカウントゼロ、理沙はスイッチを押した。
* * * *
レーザーは、発射されなかった。
中央制御室は騒然となった。
「状況を確認」
直子の指示に、スタッフ皆は必死になって状況確認した。
ただ一人、ミサイルの軌道を確認するモニター担当だけがまだ冷静だった。最接近の残り時間を読み上げる。
「異常ありません」
では、いったい何事が起きたのか。
「まもなく、ミサイル最接近」
モニター担当の声が、叫び声に近くなっていた。
「衝撃に備えよ」
直子が大声で指示する。
揚陸艦ではまだ秒読みが行われていた。
核爆発の強烈な熱線、中性子線、そして超高速で襲いかかる破片を覚悟した。
「60秒前」
レーザー発振基地からのレーザー発射は、まだない。
どちらが早いのか。相手はぎりぎりまで粘るようだが、粘れば粘るほど危険の度合いは高まる。
残り15秒を切ったところで、艦長は作戦指令室のスタッフ全員に言った。
「衝撃に備えよ」
そして息を止める。
しかし、何も起こらなかった。
「スイッチが入りません」
作戦指令のその言葉が信じられなかった。艦長はすぐスタッフ全員に状況確認を指示した。
* * * *
なぜレーザーが発射されないのか、原因不明のまま時間だけが過ぎていった。
その間にもミサイルは宇宙船に接近する軌道を進み、最接近ポイントを過ぎてもミサイルは爆発しなかった。
理沙は何度も発射のスイッチを入れたが、レーザーは発射されなかった。
最悪の事態での手順に則って再び操作を行ったものの、結果は変わらない。
理沙は、冷静な気持ちで問題解決するようにスタッフ皆に言った。
「いったい、何があったの?」
スタッフ皆が原因究明の作業に取りかかっている中で、理沙は目の前の直子に尋ねる。
「わかりません」
非常時体制はその後も続いたが、既にミサイルは直接破壊エリアを離れ木星に向かって進んでいた。