晴れた日の午後
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雲一つない夏の空。
昔、インドネシアと呼ばれていた場所に、その都市は存在している。
直径10キロのその都市は、熱帯雨林のジャングルの中にあり、周囲の大自然とは完全に異なり整然とした場所である。
周囲が一面の緑であるのに対して、都市の建物はガラス質の構造で白く光り輝いていた。
都市は完全な円形で、その中心には空高く伸びる構造物がある。
その先端ははるか上空にまで伸びていて、宇宙空間まで続いていた。
天気が良い日には、はるか上空に伸びている構造体の先端が見える事もある。
そしてその先端から、長く細い線が東西の両方向に伸びていた。
その線も都市の構造物と同じように、白いガラス質の材質で太陽の光をあびながら光り輝いていた。


一日に数回、空高く伸びる構造物を伝って、物体が天空から降下してくることがあった。
長さ100メートルほどの、上下が丸みを帯びたカプセル状の物体で、
構造物の地上側の建物に到着すると、荷物の積み下ろしと乗客の乗り降りが行われ、カプセルは再び上空へと向かった。
乗客と荷物は、自動通路を通り都市のガラス質の建物の中へと入っていく。
都市の建物同志がチューブ状の自動通路で結ばれているために、建物の外を歩く者はいない。
夏になると、外は40度を軽く超えるほどの殺人的な暑さで、外に出ようという無謀な事を考えている者はそもそもいない。
しかし、自然の側からすれば、破壊者である人間に邪魔されることなくのびのびと生きる事ができた。
地球上では、自然が支配者であり、人間は小さな都市の中でこじんまりと暮らしている存在になっていた。
都市のちょうど中心、天空へと伸びる構造物の地上側、駅と呼ばれているその場所の基礎部分に一枚のプレートがある。
そこにはこのように記されていた。
[地球再生事業の完了を記念し、未来永劫この自然環境が保たれることを願う。3217/05/12]

*     *     *     *

空高く伸びる構造物を、カプセルは上昇してゆく。
大気圏中では時速300キロほどのスピードで上昇していたが、やがて大気圏を抜けると、
時速2000キロ以上に速度を上げて、宇宙空間をさらに上昇していった。
途中に何度か、下降するカプセルとすれ違いになった。
下降するカプセルは、重力のエネルギーを利用して発電を行い、上昇するカプセルのための電力を生み出していた。
この移動システムは、重力を有効に活用した、非常にムダの少ないものである。
最初の構造物が完成して数千年の月日が経つのだが、常にメンテナンスが行われており、
故障することもなくいまだにフルに活用されていた。
上昇するカプセルは、20時間ほどかけて終着駅に到着した。
地表から4万キロメートル。地上の駅と同じような構造であるが、駅からさらに左右に巨大な筒状の構造物が伸びている。
地上から上空を見上げると、細い線のように見える構造物であるが、
実際には直径5キロメートルの筒状で、1周30万キロメートルのリング状構造物である。
筒の中は人間が生活するのに最適な空気に満たされており、温度湿度も最適になるように調整されていた。
内部は、地上より低重力ではあるが、それでも人間の生活には不自由のないほどに重力が調整されている。
ただし、地上との違いは、重力の方向が地球の方向とは反対向きという事である。
リングの内側の部分はガラス質の天井となっており、床から天井を見上げるとそこには地球の姿が見えた。
1000年以上かけて行われた地球再生事業の期間中に、一時的に地球人類の仮住まいのために作られたリング状構造物だが、
今では内部は自然環境が整備され、住民はのびのびと生活をしていた。
一時期には、このリング状構造物の中で40億人の人口を抱え、生活苦からいつ争いが起きてもおかしくない状態であったが、
やがて混乱もおさまると人口は安定し、その後は徐々に衰退の道を歩むことになった。
現在の総人口は1億人少々。整然と分割された土地に人々は均等に分散し、皆が平穏な生活を送っていた。

*     *     *     *

地上の都市から、巨大な飛行船が出発した。
ひと月に一度、数千人の人々を乗せて飛行船は長旅に出発する。
都市と外の世界を隔てる高い壁の上空を超えて、自然あふれる土地の上空をゆっくりと進む。
ジャングルの上空を北上し、やがて海上に出ると海岸沿いに西の方角へと向かった。
熱帯雨林のジャングルが海岸近くにまで迫っており、海は青く澄んで輝いていた。
飛行船は500メートルほどの低高度を、時速100キロ程度で飛行しているので、下界の自然の賑やかな音を聞くことができた。
乗客は客室の窓を開けて、外の新鮮な空気を吸い、時々並んで飛ぶ鳥たちを眺める事も可能である。
24時間無停止で飛び続ける飛行船。しかし、着陸することはなかった。
上空から眺める景色はすべて自然にあふれていたが、人工物はまったく目にすることができなかった。
飛行船はインド亜大陸を横切るように飛行したが、かつては10億人以上の人々が住み、大都市がいくつもあったこの場所も、
見渡す限りの草原と台地、そして動物たちしかいなかった。
無人の土地を西の方角に1週間ほど飛行し、アフリカ大陸を赤道に向けて南下。
やがて、かつてはケニアと呼ばれた土地に入ると、ようやく天空に伸びる構造物と、地上側の大きな都市が見えてきた。
飛行船は都市の巨大な広場に、一週間ぶりに着陸した。
乗客は下船すると、すぐに広場の周囲にある居住娯楽施設へと入っていった。
そして乗客のうちある者は、リング状構造物へとエレベーターに乗って帰還し、
またある者たちは再び飛行船に乗り、自然があふれる世界を上空から眺める旅を続けた。

*     *     *     *

古くから信じられている事があった。
空高く広がるリング状構造物に人々が住み始める以前の世界では、地球上にも人々が住む都市があり、
日々の生活を営んでいたらしいという事である。
低重力で、太陽エネルギーを24時間ふんだんに利用する事が可能で、小惑星に含まれる有機物を加工すれば、
資源はいくらでもあるというのに、なぜ高重力の地上に住んでいたのか。
気象の変化が激しく、都市の外に出れば風土病ですぐに体を蝕まれてしまう。
わざわざ暑いところに住まなくても、涼しくて快適な建物の中で過ごせばいいのではないか。
それでも、古くから残っている記録によれば、人類は地上で生活していたという証拠が残されていた。
痛みやすいメモリー情報が、管理者により大事に何世代もかけてコピーが続けられていた。
都市の中心、駅と呼ばれる建物の地下には、厳重に管理されているメモリーバンクがある。
以前は天空のリング構造物内にある公会堂で、過去の記録の閲覧が可能であったが、
ある時から閲覧が許可されなくなり、地上の駅にわざわざ行って閲覧する制度に変わった。
リング状構造物内の人々は、地上の駅に降りてメモリーバンクにアクセスして、過去の記録を閲覧するようになった。
神殿に参拝して、神を拝むようなその行為は、徐々に形式的なものとなり、
いつの間にか、なぜ過去の記録を見に行かなければいけないのかという疑問へと変化し、
神殿への参拝も徐々に忘れ去られていった。
今では、地上に降りる目的は、未知の地上の世界を眺めて楽しむという事に変化していた。
飛行船の中から地上の景色を眺めているだけでいい。
自分たちは地上に近づく必要はない、いや、近づいてはいけない場所なのだ。


過去の地上の世界の伝説に加えて、もう一つ古くから信じられている事があった。
地上の人々の中から、一部の人々が空を目指し、天空のリング状構造物を作り上げたのだが、
さらにその作り上げた人々の中の一部の人々が、さらに遠い場所を目指して旅に出たという事である。
当時は、一番近い星に行くために数百年の時間がかかっていたのだが、
勇敢な一部の人々は、巨大な船を建造して遠い世界を目指し、その後は音信不通になってしまったという事である。
彼らが遠い世界へ出発する日、彼らの中のリーダーはこのような言葉を残していた。
[たとえ姿かたちが生まれ変わってしまうという事があったとしても、今日のこの出発の日の事を忘れる事はありません。
太陽系を出発した日の事、地球にいる皆様の事を忘れることはありません]
この言葉が意味する事はいったい何なのか。
出発の日からもう5000年以上も経つのだが、彼らが自分たちの事を忘れないとはいったい何を意味しているのか。
彼らと同様に、自分たちも彼らの事を忘れることなく待つべきなのだろうか。
疑問に対しての答えはまだなかった。

*     *     *     *

都市の片隅、ガラス質の建物が整然と並んでいる場所から、少し離れたところに小さな建物があった。
整然とした光り輝く建物とは違って、その建物は木材とコンクリートパネルで作られている小屋のようなものである。
昼間の直射日光への対策として、建物は白い塗料で塗られていて、
屋根には太陽光パネルが敷き詰められ、強烈な太陽光を利用して電力を調達していた。
いつからその場所にその建物があるのかは不明であるが、2人姉妹がその建物に住んでいた。
夜が明けてしばらくすると、窓のブラインドが開き、窓が開いた。
日が高くなった頃になると、ベランダの上にある屋根から伸縮性のひさしがのびて、ベランダにあるテーブル席に日陰が降りた。
テーブル席は3つほど。
やがて2人姉妹はそのテーブル席にテーブルクロスを広げ、家の前に2つのパラソルを広げてベンチを置いた。
テーブル席の近くには、家の中から動かしてきたワゴンを置いた。
2人はやがて、パラソルの下のベンチ席に座り、光輝く建物の方を眺めていた。


「お客さん、今日は来るかな?」
開店して1時間ほど経ってから、妹は言った。
「気長に待とうよ」
姉は家の中へと戻り、昼食の準備を始めた。
いつ客が来てもいいように、パスタや野菜は十分に用意しているのだが、
結局のところ2人で食べて処分する日々が続いている。
パスタとサラダを食べながら、妹は言った。
「なんか、商売のやり方を間違えているような気がする」
姉は、食べる手を止めて、
「それって、どういう事?」
妹は空を指さして、
「これだけ暑いんじゃ、誰も外に出やしない」
姉は、再びパスタに口をつけ、冷えたジンジャエールをグラス半分程飲んだ。
「そうだよね」
「それじゃ、夕方から店を開いたら?」
そして妹は、店を盛り上げるアイディアを語った。
そのアイディアを聞いているうちに、姉の表情が徐々に変化していった。
「それいいね」



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