007:高津佳樹
名前 | 高津 佳樹(たかつ よしき) |
生まれ~死去 | 2016年10月 ~ 2081年5月 |
プロフィール |
●2016年10月 ・日本国埼玉県にて生誕 <ニートしながらも楽しい幼少期。大森愛美との出会い> ●2019年3月 ・両親が離婚。自身は父親に引き取られ祖父母から可愛がられる ●2020年3月 ・外出禁止状態の中で、自分の部屋の中での生活が中心になる ●2021年8月 ・父親と祖父母といっしょに沖縄旅行をする。水族館で見たジンベイザメに心奪われる ●2023年4月 ・千葉に引っ越すとともに、千葉の小学校に入学 ●2025年5月 ・クラスに北海道から引っ越してきた大森愛美が転入してくる。お互いにまだ接触なし <徐々に引き込まれて愛美の相棒になるまで> ●2025年7月 ・自主参加した学校のサマーキャンプで、愛美と会話するうちに意気投合する ●2026年2月 ・愛美がどんどん外国人同級生との交流を深めていくのを横目に、勉強に打ち込む毎日 ●2028年3月 ・小学校を卒業し私立中高一貫校への入学が決まる。学校は別れるが愛美との交流は続く ●2028年7月 ・愛美から中南米旅行に誘われるが、断る ●2028年12月 ・愛美から、一般の中学校は勉強がつまらないのでインターナショナルスクールに行くと言われる ●2030年1月 ・勉強で忙しく対面で愛美と会う機会は減るが、リモートで時々会っている ●2031年2月 ・海外からの映像が愛美から頻繁に届くようになる ●2032年2月 ・インターンで働いていると愛美から連絡が入る。これからドバイに行くぞとテンションが高い ●2032年4月 ・愛美が商事会社に入社したお祝いに、新宿の繁華街で盛大に飲み会をする ●2032年6月 ・愛美と愛美の友人との飲み会の帰り、レイプされそうになっている女性を助ける ●2032年12月 ・愛美から、繁華街自警団のアイディアを持ちかけられ、自主的に筋トレを始める ●2034年1月 ・商事会社を辞めた愛美とともに、自警団を立ち上げリーダーとなる ●2035年2月 ・はじめて赤坂の「Shangri-La」に行き、中野彩名と出会う <自警団活動ののち海外への移住する> ●2036年8月 ・友人との連携で無職の若者たちを集め、自警団メンバーの人数は10人を超える ●2037年9月 ・久しぶりで愛美と「Shangri-La」に行くと、まだ入店したばかりの浜岡恵里香と会う ●2038年7月 ・愛美と巡回活動中に、男たちに襲われそうになっていた大嶋理沙を救助する ●2039年2月 ・彩名と店のマスターとの関係がうまくいっていないことを、愛美から知らされる ●2039年7月 ・「Shangri-La」の店のマスターが、恵里香と店の金を持ち逃げしたことを知らされる ●2040年8月 ・海外のエージェントからマスターと恵里香の逃亡先情報を得る。確認のために現地へ行く ●2040年10月 ・彩名に同行しアルゼンチンに行き、マスターと恵里香が殺害されたことを確認する ●2041年5月 ・彩名が立ち上げた、個人向け警備のビジネスを資産家向けに営業活動を始める ●2042年9月 ・個人向け警備事業を大手警備会社に売却し、事務所も整理すると彩名から告げられる ●2043年9月 ・会社の売却益を元手に、彩名と愛美といっしょに3人でブラジルへ行く <彩名との交流と破局に至るまで> ●2043年11月 ・愛美の親友からの助けを得て、地元企業で働き始める ●2044年2月 ・この頃から彩名との同棲生活が始まる ●2044年8月 ・彩名が妊娠したものの、精神的疲労から流産してしまう ●2045年1月 ・愛美が現地で知り合った男と結婚する ●2045年5月 ・愛美が第一子を出産し、お祝いのプレゼントを届けた帰り道、車を運転中に事故に遭う ●2045年8月 ・医療費のことで彩名と口論になる。浮気をしているのではないかと疑われる ●2045年11月 ・地元企業を解雇され、その事がきっかけで彩名と別れる <東京に戻り事業を立ち上げるまで> ●2046年1月 ・住む家もなくしばらくの間は安宿暮らしをして、埼玉にアパートを見つける ●2046年3月 ・建築物解体の仕事をしながら、徐々に資金を集める ●2047年11月 ・九州/四国地方の水害の復旧作業に関わり、地元の政治家とのコネができる ●2048年9月 ・高知の災害後の復旧に関連し、スペースポートの建設計画が動き始める ●2049年7月 ・スペースポート計画に便乗し、宇宙輸送スタートアップ企業に資金協力する ●2050年4月 ・地元住民たちの間でスペースポート計画賛成/反対の意見が対立し、暴動に発展する ●2052年1月 ・スペースポート計画の進展がないまま、スタートアップ企業は資金が尽き倒産する ●2054年7月 ・スペースポート計画がキャンセルになり投資した資金がすべて無駄になる ●2057年2月 ・東京郊外に放置された農地があまりにも多いことに気づき、農業事業立ち上げを考える ●2058年8月 ・50ヘクタールの元農地を格安の値段で買い上げる ●2059年4月 ・5ヘクタールの土地を使って、できるだけ手間のかからない自然農法で米作を始める ●2059年10月 ・まずまずの出来具合の米ができる。地元のスーパーに販売し翌年に向けての資金ができる ●2060年2月 ・15ヘクタールに農地を拡大し、米と麦の生産を始める <事業拡大と挫折、自分を見つめなおする日々> ●2060年7月 ・職員として働いている女性と結婚する。来年に向けて酪農の準備に着手する ●2062年2月 ・第一子誕生。この時までに職員は8人になっている ●2064年6月 ・土地をさらに購入し、200ヘクタールにまで拡大する ●2065年7月 ・5月からほとんど雨が降らず、水田が干上がり壊滅的な状態になる ●2065年10月 ・2日間で1年半分の大雨が降り土地の半分以上が冠水し復旧不可能な状態になる ●2066年4月 ・土地を10分の一に縮小し、再起を図ろうとするものの過労で倒れる ●2067年2月 ・内臓と呼吸器に複合疾患が見つかり、再生治療を始める ●2069年3月 ・長い再生治療が終わり徐々に働き始める ●2071年6月 ・高知のスペースポート候補地を再び訪ねる。以前より過疎化が進み荒廃状態になっている ●2071年8月 ・高知に再び通う。地元の寺の住職と世間話をしているうちに何かできないかと思い始める ●2072年5月 ・斜面の土地と民家を購入し住み始める ●2073年4月 ・母親と3人の娘を東京郊外の自宅に残し、自身は高知にほぼ1年中住み込む ●2077年10月 ・4年の苦労の末、10ヘクタール斜面の土地に果樹園を作り上げる ●2080年12月 ・以前再生治療をした箇所と別な位置に疾患が発見され、再び再生治療をする ●2081年4月 ・働くのはもう難しいと高知の家を売却し、東京に戻る ●2081年5月 ・回復の見込みが見えてきたところで、自宅で就寝中に心不全で亡くなる |