011:島崎勝昭
名前 | 島崎 勝昭(しまざき かつあき) |
生まれ~死去 | 2017年6月 ~ 2104年10月 |
プロフィール |
●2017年6月 ・ブラジル サンパウロ州にて生誕 <下町でのびのびと暮らす幼少期> ●2019年10月 ・家族でサンパウロから郊外の公営住宅に引っ越す ●2020年3月 ・呼吸器疾患で父親が入院する。死の淵をさまようが奇跡的に助かる ●2022年7月 ・母親が第3子出産後に父親と離婚する。母親と一緒にサンパウロに戻り親族の元に身を寄せる ●2024年2月 ・母親が再婚する。新しい父親にはすぐに慣れ仕事を手伝うようになる ●2026年8月 ・学業のかたわら父親の勤める工場でシステムの操作ができるようになる ●2027年12月 ・機械操作をするにつれて、数学とプログラミングに興味を持つようになる ●2029年1月 ・友人からバンドをやらないかと誘われ、独学でギターを覚え始める <海を渡り肉体労働と趣味の日々> ●2030年12月 ・父親が東京で事業の立ち上げに関わるようになり、父親と一緒に東京に行く ●2030年4月 ・東京の中学校に転入する。バンドの趣味仲間に加わる ●2031年9月 ・バンドメンバーのドラム担当が脱退したため、ドラムの練習をするようになる ●2033年3月 ・中学を卒業し高校へ進学する。母親と兄弟姉妹も東京で一緒に住むことになる ●2035年11月 ・大学には進学せずに父親の仕事を手伝うことを決める ●2036年6月 ・日本語もポルトガル語もできるので、ブラジルから来た職員の教育を任せられる ●2037年3月 ・中学の頃のバンドメンバーの縁は細々と続き、ライブハウス演奏を目指し頑張る ●2038年10月 ・ライブハウスで湯浅孝純が余興的にエアギター演奏をするのを見るが、あまり興味はない ●2039年5月 ・横浜で飲んだ帰りに、港の見える公園で湯浅孝純と偶然会う。会話が盛り上がる <「Arisa-Misty」結成から解散まで> ●2039年11月 ・ライブハウスで湯浅孝純と会う。湯浅からバンドメンバーに誘われるが断る ●2040年2月 ・再び湯浅からバンドメンバーに誘われる。執拗な勧誘に負けドラム担当になる ●2040年7月 ・合同レッスン初日はうまくいかず、ベース担当とはそりが合わない ●2040年12月 ・本番前日にようやく満足がいくプレイができる。クリスマス当日に理沙を初めて見て心惹かれる ●2041年7月 ・オーディション当日は最高のプレイができたにもかかわらず採用されない ●2042年7月 ・理沙が「Arisa-Misty」を脱退したことによりさらにモチベーションが下がる ●2043年3月 ・新しい女性ヴォーカルを迎え入れるがうまくいかない。スキをみて彼女に言い寄る ●2043年8月 ・「Arisa-Misty」は解散するが、ヴォーカルの彼女とは再会の約束をする <夢追い求める生活から普通の生活への転換> ●2045年7月 ・父親の勤めている会社の管理職になる。父親は昇進を見届けると会社を退職する ●2048年1月 ・「Arisa-Misty」の元ヴォーカルと再会する。彼女はまだ独身で2人の会話は盛り上がる ●2049年1月 ・「Arisa-Misty」の元ヴォーカルと結婚。親元を離れ神奈川のマンションに住む ●2050年6月 ・会社で開発を進めていた高圧電源安定装置が電力研究所に納入される ●2052年3月 ・第一子誕生 ●2052年7月 ・ダラス空港でのシャトル事故のニュースを昼食を取りながら眺める。多忙中の為すぐ忘れる ●2054年5月 ・父親がブラジルからやってきた友人と行き先不明の旅行に行くが、3日後に帰宅する ●2056年5月 ・宇宙船「エンデヴァー」が木星へ向かうニュースで、乗組員に理沙が含まれる事を初めて知る ●2061年6月 ・勤続25年表彰される。山梨に家を立てる事を決意する ●2063年5月 ・山梨に一戸建ての家を建てる。母親方の両親を呼び寄せて同居する ●2066年8月 ・仕事のかたわら趣味で工芸を始めるために、土地の片隅に小さな工房を建てる事にする <ひとり職人の世界にのめり込む> ●2067年4月 ・工房のための土地の整地が終わり、基礎工事を一人で始める ●2067年11月 ・小さな工房が完成する。陶器用の小型電気窯を購入する ●2068年2月 ・手始めに購入した粘土で食器類を作ってみる。気に入った作品はできない ●2069年5月 ・試行錯誤の結果、ようやく地元の工芸店で売り物になるような製品ができあがる ●2070年6月 ・電気窯では物足りず煉瓦を購入して工房のとなりに焼き窯を作ってみる ●2070年12月 ・焼き窯が完成し、山から集めてきた薪を使った火入れを行う ●2073年2月 ・父親が心臓疾患で亡くなる。親の遺言でブラジルの生家の近くの墓に埋葬する ●2075年7月 ・この頃になると地元の人々とのつながりもできて、山梨が終の棲家と思い始める <孤高の人として静かに一生を終える> ●2078年4月 ・近くの山に土地を購入し、本格的な登り窯を作る事にする ●2080年3月 ・登り窯と工房が完成する。試行錯誤しつつ独創的な陶器デザインを考える ●2082年7月 ・自治体の陶芸展に出展し賞を獲得する ●2084年11月 ・自治体の陶芸展でとある工芸作家の目に留まり作った陶器に高値がつく ●2087年11月 ・自治体の公民館で不定期で陶芸教室を始める。弟子入りしたい人が現れる ●2091年4月 ・国立美術館の新館建設に関連し、過去に作成した陶芸が出展されることが決まる ●2094年11月 ・木星の行政官になった理沙からの地球政府に対する演説を、自宅で静かに聞き入る ●2099年7月 ・工房での作業中に突然意識不明になり倒れる ●2101年2月 ・長い入院生活から復帰、もう最後になるであろう作品作りに着手する ●2102年12月 ・2年近い月日を要してようやく納得のいく小さな器を作る ●2103年5月 ・国の陶芸展に招待される ●2104年8月 ・内臓疾患が見つかり再生医療による治療を勧められるが断る ●2104年10月 ・多臓器不全の末、自宅で眠るように亡くなる |