017:マーティン・クロスリー

名前  マーティン・クロスリー(Martin・Crossley)

生まれ~死去  1991年4月 ~ 2094年6月



プロフィール
 ●1991年4月
  ・米国テキサス州にて生誕

<理沙の父親との出会い、軍士官への道>
 ●2009年9月
  ・UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)入学。大嶋泰佑とサークルで出会う
 ●2011年3月
  ・日本の3.11大地震の様子を、ネットのリアルタイム中継で大嶋泰佑と見る
 ●2013年4月
  ・卒業を目前にして、大嶋泰佑と互いの夢について語りあう
 ●2013年6月
  ・軍の士官学校に入学する
 ●2014年9月
  ・士官学校の過程を卒業し、引き続き研究過程で軍のロジスティックについての研究をする

<ロジスティック担当の士官としての活躍、理沙との出会い>
 ●2017年10月
  ・海軍のロジスティック担当として、中東の後方支援部隊を指揮する
 ●2023年3月
  ・中尉に昇格し、兵站担当となり揚陸艦に乗る事になる
 ●2025年1月
  ・任務の合間のタイミングで結婚する
 ●2026年3月
  ・第一子誕生。国内の管理部署に異動になる
 ●2028年7月
  ・宇宙輸送の研究のために、NASAと宇宙輸送民間企業の共同研究タスクに参加する
 ●2030年2月
  ・少佐に昇格する。兵員輸送用宇宙船開発タスクに参画することになる
 ●2036年4月
  ・兵員輸送用シャトルの初飛行を見守る
 ●2038年2月
  ・軍事用宇宙ステーションの建設が始まる
 ●2041年3月
  ・国防総省とNASAが共同した、宇宙飛行修士号制度の立ち上げに参画する
 ●2043年8月
  ・技術系士官学校入学の面接の場で、理沙と初めて会う
 ●2044年6月
  ・太陽系内での軍事活動を視野に入れた、兵站システムの研究/立案を命じられる
 ●2046年1月
  ・宇宙飛行修士号の面接の場で、理沙と再び出会う

<兵站システム研究と並行した次世代システム開発支援、理沙の事故の裏での支援活動>
 ●2047年8月
  ・理沙が宇宙飛行修士号のプログラムメンバーに加わる
 ●2047年9月
  ・立場上、理沙を兵站システム研究/支援所属とし自分の部下扱いとする
 ●2048年2月
  ・太陽系開発の強化のために、事業団立ち上げの軍からのアドバイザーになる
 ●2048年12月
  ・訓練が終わった理沙を、NASAの技術技術開発センターに出向させる
 ●2049年2月
  ・理沙の父親と電話でお互いの近況について会話する。生体インターフェイスの実用化を知る
 ●2049年8月
  ・火星のエリシウム基地でのシステム事故の事を知る
 ●2051年12月
  ・月のクラビウス基地へと向かった理沙から、核融合推進システムのテスト状況を知る
 ●2052年1月
  ・理沙の父親から、生体インターフェイスの人体実験の状況を知らされる
 ●2052年7月
  ・理沙が地球帰還時にテキサス・ダラス空港で事故に遭遇、瀕死の状態となる
 ●2052年11月
  ・理沙へのサイボーグ手術の適用について、理沙の父親に意見を求める
 ●2053年1月
  ・理沙の父親の技術協力の元、サイボーグ手術の準備を進める
 ●2053年3月
  ・理沙のサイボーグ化手術を実施。全身の3分の2のサイボーグ化が成功する

<理沙の「エンデヴァー」搭乗に関しての裏工作>
 ●2053年5月
  ・木星/土星探査新型宇宙船の搭乗員メリッサ・ランプリングの選考過程に疑念を抱く
 ●2053年6月
  ・孫娘ジェシー誕生
 ●2054年2月
  ・仕事に復帰した理沙に、次世代システム研究の状況について話す
 ●2054年5月
  ・理沙とヴェラを次世代システム研究担当への異動を事業団に要請する
 ●2054年7月
  ・木星/土星探査新型宇宙船プロジェクトの、軍側担当として参画する事になる
 ●2055年3月
  ・新型宇宙船「エンデヴァー」の進宙式を地上から見守る
 ●2055年4月
  ・「エンデヴァー」の予備搭乗員として、理沙を指名する
 ●2055年5月
  ・理沙に「エンデヴァー」予備搭乗員となるように打診する
 ●2055年8月
  ・「エンデヴァー」乗組員の一人を強制的に乗船不可とし、開いた枠に理沙を割り当てる
 ●2055年12月
  ・理沙の搭乗に関して事業団から追及されるが、メリッサ・ランプリング選考の件を蒸し返す
 ●2056年2月
  ・理沙の地上での訓練が終わり、「エンデヴァー」に到着する
 ●2056年3月
  ・地球/月L2の中国の宇宙船の動向について、軍内部での報告を受ける
 ●2056年5月
  ・「エンデヴァー」が木星へ向けて出発する

<木星資源開発局立ち上げの支援活動、理沙への置き土産>
 ●2059年5月
  ・中国の宇宙開発の動向も踏まえ、対抗して西側諸国の結束を政府上層に提言する
 ●2060年2月
  ・中国の土星領有化宣言にともない、米国政府中心に木星資源開発局立ち上げを決定する
 ●2061年2月
  ・政府へのロビー活動に背後から加わるように、理沙に指示をする
 ●2061年4月
  ・「エンデヴァー」推進システムの技術情報の、中国への情報漏洩の件で調査に入る
 ●2062年7月
  ・木星資源開発局設立が本格的に動き出す
  ・次世代システム開発活動について、政府決定で優先順位が下がり予算削減される
 ●2063年3月
  ・次世代システム開発の今後について、理沙の父親と会話する
 ●2064年1月
  ・木星核融合資源開発プロジェクトが正式に動き出した事を契機に、軍退役を考え始める
 ●2066年12月
  ・木星作業プラットフォームの建設開始を、自宅で見届ける
 ●2067年4月
  ・理沙の父親が死んだことをつくばの研究所の所長から知らされる
 ●2067年5月
  ・軍退役の壮行会の場にて、理沙に理沙の父親が死んだことを知らせる
 ●2068年8月
  ・孫娘のジェシーに、理沙の身の回りの世話をするようにと話す

<軍退役後の日々>
 ●2073年6月
  ・テキサス州ヒューストン郊外に家を建て引っ越す
 ●2077年12月
  ・孫娘の結婚式に立ち合う
 ●2078年11月
  ・退役軍人同窓会の場で、飲みすぎて転倒し右足を骨折する
  ・右足大腿骨を再生医療により骨格再生する
 ●2085年3月
  ・軍を退役し東京へ向かう理沙を、空港で見送る
 ●2092年10月
  ・木星から地球へ戻った理沙と会い、自宅で昔話に盛り上がる
 ●2094年3月
  ・フロリダ郊外に別荘を購入する
 ●2094年6月
  ・風邪をこじらせ一時回復したが、多臓器不全にて死亡する