026:フレドリック・ルーニー
名前 | フレドリック・ルーニー(Fredrik・Rooney) |
生まれ~死去 | 2016年5月 ~ 2087年11月 |
プロフィール |
●2016年5月 ・カナダ オンタリオ州にて生誕 <大学中退後、軍士官になるまで> ●2035年9月 ・MIT(マサチューセッツ工科大学)に入学 ●2038年2月 ・MITを中退し、父親が始めた事業に参画する ●2040年9月 ・士官学校に入学する。技術系コースを選択する ●2041年2月 ・技術系基礎コースを首席で卒業する。原子力工学コースへと進む ●2042年6月 ・原子力潜水艦の技術者となるために、軍の原子力工学専門過程へと進む ●2043年1月 ・軍の原子力工学専門課程を終了し、原子力潜水艦副艦長に任命される <原子力潜水艦勤務から太陽系開発事業団へ> ●2045年8月 ・戦略核潜水艦の艦長に任命される ●2047年1月 ・宇宙飛行修士号プログラムに挑戦し、合格する ●2048年2月 ・木星/土星探査計画に技術スタッフとして参画する ●2049年6月 ・木星/土星探査船の設計チームに参画する ●2050年8月 ・木星/土星探査船の乗組員の一人として選ばれる <「エンデヴァー」船長としての日々> ●2051年6月 ・適性試験の結果をもとに、木星/土星探査船の船長に任命される ●2052年7月 ・地球/月L1作業プラットフォームの拡張工事の状況を現地視察する ●2053年2月 ・12名の乗組員の選定が完了し、地上での集団合宿に入る ●2054年4月 ・探査船の建造が始まる ●2055年3月 ・探査船は「エンデヴァー」と命名される ●2055年6月 ・乗組員の一人が体調不良を理由に予備要員と交代となる ・交代要員として選定された理沙と初めて会う ●2056年5月 ・「エンデヴァー」が木星へ向けて出発する ●2056年8月 ・「エンデヴァー」が木星に到着するが、中国の探査船の不審な動きを注視する ●2056年11月 ・乗組員との議論の末、木星での作業を中断し土星へと向かう ●2057年2月 ・「エンデヴァー」は土星に到着。中国の宇宙船の後を追いタイタンへと向かう ●2057年3月 ・準備不足の状態でタイタンへの着陸を強行する。着陸後に着陸船に問題が発生する ●2057年4月 ・食料と水が尽きかけた状態で着陸船は「エンデヴァー」への帰還に成功する ●2058年3月 ・「エンデヴァー」が地球に帰還する <木星資源開発局およびSTU企業体設立への参画> ●2058年12月 ・木星資源開発に関するタスクに参加し、理沙とともに議論を重ねる ●2059年2月 ・「エンデヴァー」乗組員の一人である、メリッサ・ランプリングと結婚する ●2059年7月 ・太陽系開発事業団を退職し、民間の宇宙開発企業に転職する ●2061年4月 ・「エンデヴァー」の核心技術情報漏洩事件に関連し、政府から尋問される ●2061年12月 ・中国の体制崩壊を見越して、中国の優秀な技術者の発掘/スカウト活動に乗り出す ●2062年4月 ・中国人技術者リン・シャオビを技術系役員に紹介する。米国永住権獲得を手助けする ●2062年10月 ・重役および社長に宇宙開発企業連合の設立を提案する ●2063年3月 ・宇宙開発企業同志の水面下での協力活動が始まる。企業間の仲介役になる <政界への進出および大統領になるまで> ●2064年5月 ・STUの社外取締役となる。STUの株式購入を始める ●2065年6月 ・事業団時代に親交のあった政治家から、政界進出を勧められる ●2066年2月 ・木星資源開発事業が難航する中で、議会でのロビー活動の仲介役となる ●2066年12月 ・木星資源開発事業がスタートする ●2068年2月 ・上院議員選挙に共和党から出馬する ●2068年5月 ・共和党内での候補者選挙にて破れる ●2069年3月 ・STUの社外取締役を辞職し、STUの株式も売却する ・株の売却により得た資金で、火星の不動産購入を始める ●2071年11月 ・原子力ラムジェットの木星での事故原因追及で疲弊している理沙と会う ●2074年9月 ・過去のロビー活動で親しくなった財界の有力者の後ろ盾のもとに、大統領選出馬を決める ●2075年11月 ・共和党の大統領候補選出選挙に出馬する ●2076年5月 ・共和党の大統領候補となる ●2076年11月 ・民主党の大統領候補者に大差で破れる ●2080年11月 ・再度共和党から出馬し大統領選挙に勝利する <大統領就任から最後の日まで> ●2081年1月 ・合衆国大統領に就任する ●2081年7月 ・木星資源開発への予算増額も含めた来年度予算案策定に着手する ●2082年11月 ・中間選挙に勝利するが、上院議員選挙では民主党が勝利し上院/下院ねじれ状態になる ●2083年6月 ・太陽系開発事業団長官選出における疑惑に関連し、民主党議員から追及される ・理沙が木星での事故に関連し軍法会議にかけられていることを知る ●2084年11月 ・共和党の大統領候補として、再び大統領選挙に勝利する ●2085年7月 ・再度木星資源開発への予算増額を図るが、上院/下院ともに予算案が否決される ●2086年12月 ・太陽系開発事業団長官起用に関連し、現長官の意見を聞く ●2087年2月 ・新型感染症が中東で発生し、国家保険省にパンデミック非常態勢を指示する ●2087年10月 ・米国内の感染者は60パーセントに達し、20万人が死亡と発表する ●2087年12月 ・大統領自身も感染し、生命の危険は回避したものの、突然の多臓器不全で死去する ●2088年1月 ・国葬が行われる。本人の希望により遺体の一部が宇宙葬にされる |