一人の人物で長い期間を扱う

2002.08.09 作成
2021.07.07 加筆修正

<2021.07.07版>
2年前の7月から全体のあらすじを再考するつもりで書き始めて、昨年の10月に書きあがり、
全体的なストーリーは期間として120年もの長い時間を扱うことになってしまいました。最後の2本のお話も含めると、
なんと5,000年以上もの長い期間のお話になります。詳細はこれから徐々に書き進める事になりますが、
期間だけでもとんでもない内容のお話になりました。


理沙を中心としたHistoryへ

中心になる主人公は理沙ですが、最後の第25パートについては、妹の直子が中心となり、
直子が理沙と再会し、主人公2人が亡くなるのかそれともまだまだ生き続けるのか、よくわからない状態で話は終わります。
果たしてこれでいいのか疑問は少々残りますが、余韻を多少残した終わり方が無難なのかもしれませんね。



<2002.08.09版>
通常、物語と言うものは、主人公がいなくなったところで終わりを迎えるか、
または、物語のほうが先に終わるかで、
一人の人物を扱う物語だとしたら、せいぜい70年とかそのあたりが限度でしょう。

例外として、主人公がヴァンパイアか何かで、永遠の命を手に入れたといった物語もありますが・・・・・・・。

近未来を扱う私の物語の場合、人体に手を加えて人工臓器を埋めたりして、
そのおかげで、一般人とは違った人生を送ることになりますが、
それもまた幸せなのかと、ちょっと疑問を持たせてみたいと思っています。
自分としては、長生きするのは大歓迎ですが。それも若い姿のままで。

しかしながら、近未来でもコスト的には長生きするのは大変なのは間違いなく、
たまたま給料の高い仕事に就けた主人公ならまだしも、一般の人たちにとっては、人体改造による長寿は
夢のまた夢の状態、それによる主人公の孤独感はまた理解しがたいものに思います。

前回にリストに載せた中での「未来惑星ザルドス」は、死ぬことがなくなった未来の地球を扱っていますが、
それによる弊害として、進歩することをやめて、ただ毎日を楽しく生きているという・・・・・・・・まあ、
いわば無気力な状態にありました。
しかしながら、永遠に生きられるのはほんの一握りのエリートだけで、
それ以外の大多数の人々はエリートのために搾取され、
そして一握りのエリートたちも大多数の人々に支えられているものの、無気力な大多数の人々の成長の限界により、
閉塞感を感じている・・・・・・・・といった八方ふさがりの状態にありました。

物語では、主人公がその閉塞感を打破して新しい時代に足を踏み出すところで終わるのですが、
ラストのなんとも悲しい終わり方に、ちょっと複雑な気持ちでした。

「理沙の物語」は、外へ外へと積極的に踏み出してゆく気持ちをベースに展開してゆきたいと思っています。
いちおう、そのための一工夫は考えていますが、
「成長の限界」と、「エントロピーの法則」には、やはり逆らえないですね・・・・・・・・。



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