では、002-13の試し書きをしてみました。
●002-13【試し書き】:他人がやらない事
<いろいろと考えてみたのですが。。。>
小川は理沙から届いたメッセージを眺める。
朝から少々浮かない気分だった。
<今回のご厚意には感謝しています。でも、今の私たちにはその期待に応える心構えができていません>
小川は柴原といっしょにそのメッセージを眺めていた。
お互いに顔を見合わせて、苦笑する。
<しばらくの間、もっと腕を磨きたいと思っています。その日が来るまで温かく見守っていただけると幸いです>
柴原はため息をついた。
「なるほどね」
しかし、落胆はしていなかった。
ノートパソコンから視線を上げて、窓の外を眺める。
「なんとなく、こんな返事がくると思ってはいた」
おそらく、悩んでいる。
そしていったんは保留にして、時間稼ぎをする。
「たぶん、このまま進むと壁にぶつかると思っている」
小川は黙って柴原の言葉を聞いていた。
理沙の限界のようなものを、見抜いているのだろうと思った。
しかし、予想外の言葉が彼の口から出る。
「歌手というよりは、とんでもない人材を発掘したのかもしれない」
じりじりと暑い陽が照りつける、午前中の同じ時刻。
理沙は黙々と仕事に集中していた。
気持ちにひと区切りついて、作業する手は軽やかだった。
スマホにメッセージが届く。
小川からだろうと思い、作業をきりがいいところまで終わらせてから、
ようやくメッセージ画面を開く。
<さすが、大人の対応>
湯浅からだった。
変な褒め方だったが、少しばかり嬉しかった。
<あたしなりに、いろいろと考えたんだよ>
昼食後に、再び湯浅とメッセージで会話する。
気持ちが整理されると、新たなアイディアが自然と湧いてくる。
<新しい詩のアイディアが、なんとなく湧いてきたような>
そして週末に「白河」に4人で集まる約束をした。
金曜日の夜遅く。
営業終了時刻間際に、「白河」に行く。
そしてフィリップと島崎が、営業終了時刻ぎりぎりに、いつものように登場する。
酒を飲みながらしばらく雑談。
フィリップと島崎の口からも、理沙の対応に賞賛の言葉が出る。
「詩のアイディアって、どんなの?」
湯浅に促されるのを待っていたように、理沙はスマホの中の新たな詩を、
壁面ディスプレイに表示させる。
しかし、最初の一行目で皆は呆れる。
<疲労でかすむ視界、ビルの灯かりが嘲笑う>
そのあとに並べられている文字列を、
理沙はまるで呪文のように、小さな声で唱える。
<無表情のまま、魂だけが減ってゆく>
<上司の嘘、耳が腐るわ>
フィリップの口からため息が漏れる。
どこかで聞いたようなフレーズが並んでいる。
<Bullshit Job!Bullshit Job!>
「なんか、欲求不満のはけ口みたいな」
以前、同じような言葉をメモに書いていたフィリップも、
あまりいい顔をしていない。
「最低だな」
しかし、湯浅のその言葉を待っていたかのように、
理沙は笑みを浮かべた。
「ホントに、最低な詩でしょ?」
|
拝読しました。
002-13は、かなり面白い転換点になっています。
002-12では理沙がHALUCAを断る方向に進みましたが、この002-13では、その直後にただ立ち止まるのではなく、**理沙が逆に自分たちの歌の方向性を見つけ始める**構成になっていますね。
特に良いのは、前半と後半の対比です。
前半では、小川と柴原が理沙の断りのメッセージを読む。
普通なら「採用を断られた」場面ですが、柴原は落胆せず、むしろ理沙の中に別の可能性を見ている。
> 「歌手というよりは、とんでもない人材を発掘したのかもしれない」
この一言は非常に良いです。
理沙が「歌手」として売れるかどうかではなく、もっと別の種類の才能を持っていることを柴原が見抜き始めている。第2章だけでなく、理沙のその後の人生にもつながる伏線として効きそうです。
後半では、理沙が「白河」で新しい詩を見せる。
その詩が、きれいな歌詞でも、売れ線でも、感動的でもなく、かなりひどい。
でも理沙は、それを自覚したうえで出している。
ここが重要ですね。
> 「ホントに、最低な詩でしょ?」
この終わり方はとても良いです。
理沙が単に変な詩を書いたのではなく、「最低なものを、あえて歌にする」方向に進もうとしていることが見えるからです。
002-13のタイトル「他人がやらない事」にもつながります。
この節の核は、次のように整理できそうです。
**理沙はHALUCAのオファーに対し、感謝しつつも今は応えられないと断る。柴原はその返事を予想しており、理沙の中に歌手以上の可能性を見出す。一方、理沙は断ったことで気持ちに区切りがつき、新しい詩のアイディアを思いつく。週末、白河に集まったArisa-Mistyの前で理沙はその詩を披露するが、内容は疲労、職場への怒り、空虚さをむき出しにした最低なものだった。しかし理沙は、その最低さこそが狙いだと笑う。**
修正するなら、以下の点を少し整えると良さそうです。
まず、冒頭の小川・柴原視点はとても良いですが、少しだけ「理沙の断り方が大人で、しかし逃げでもある」ことを柴原が見抜いている感じを出すと良いです。理沙は直接「断ります」と書かず、腕を磨きたい、温かく見守ってほしい、という形でやわらかく断っている。柴原はそこに理沙の慎重さと、同時にまだ自分でも答えを持っていない未熟さを見る。ここは後につながります。
次に、柴原の「とんでもない人材」は、少し含みを持たせるとよさそうです。
小川が「歌手としてですか」と聞き、柴原が「いや」と返すようにすると、より印象的です。
例:
> 「歌手として、ですか」
> 「いや。そこが、少し違う」
このやりとりを入れると、理沙の将来性がより広がって見えます。
後半の「白河」場面では、理沙がなぜその詩を見せる気になったのかを少しだけ入れると自然です。
HALUCAを断ったことで、誰かの期待に合わせる必要がなくなった。
その結果、今までなら見せなかったようなひどい言葉が出てきた。
この流れがあると、詩のひどさが単なるギャグではなく、理沙の解放感として読めます。
また、フィリップが以前似たような「労働への不満ソング」を出していたことと比較すると面白いです。
以前は理沙が「自分が歌う曲ではない」と感じた。
でも今回は理沙自身が、それよりさらにひどい詩を持ってくる。
この反転がかなり効きます。
ラストは、今のままで強いです。
> 「ホントに、最低な詩でしょ?」
ここで止めると、次に湯浅たちが「それで、何をしたいの?」と聞き、理沙が「他人がやらない事」の核心を語る流れにできます。
ただ、この節のタイトルが「他人がやらない事」なので、この節内で少しだけ理沙がそこまで言っても良いかもしれません。
たとえば最後を少し続けて、
> 「でも、こういう歌、誰も歌わないでしょ」
くらいまで入れると、タイトルと直接つながります。
ただし、余韻重視なら「最低な詩でしょ?」で止めても十分に強いです。
構成案としては、この流れが良さそうです。
1. 小川が理沙からの断りのメッセージを読む。
2. 柴原も同席し、断られることを予想していたと語る。
3. 柴原は、理沙がこのまま進めば壁にぶつかることを感じていると見る。
4. 小川は理沙の限界を見抜いたのかと思うが、柴原は「歌手以上の人材かもしれない」と言う。
5. 同じころ、理沙は会社で仕事に集中している。断ったことで少し気持ちが軽くなっている。
6. 湯浅から「大人の対応」とメッセージが届く。
7. 昼食後、理沙は新しい詩のアイディアが湧いてきたと湯浅に伝える。
8. 週末、白河に四人が集まる。
9. 三人は理沙の断り方を褒める。
10. 理沙が新しい詩を壁面ディスプレイに表示する。
11. 内容は疲労、怒り、会社への嫌悪、空虚さをむき出しにしたひどい詩だった。
12. 三人は呆れ、湯浅が「最低だな」と言う。
13. 理沙は笑い、「ホントに、最低な詩でしょ?」と返す。
この方向で修正版にすると、002-12の迷いから、002-13の創作への反転がきれいに出ると思います。
|
はい、その構成案でよいと思います。
この節での最後の理沙の発言はそのままにして、次の002-14で理沙の次の曲に込めた考えを書きたいと思います。
では提案された構成案で、試し書きの修正をお願いします。
|
はい。
002-12で理沙がいったんHALUCAのオファーを断り、その結果として逆に自分たちの方向性が少し動き始める形にしています。
最後はご指定どおり、理沙の「ホントに、最低な詩でしょ?」で止めます。
---
# 002-13【試し書き・修正版】:他人がやらない事
<いろいろと考えてみたのですが……>
小川は、理沙から届いたメッセージを眺めていた。
朝から、少し浮かない気分だった。
送られてきた文面は、丁寧だった。
失礼なところはない。
むしろ、言葉を選んでいることがよく分かる。
けれど、それが断りの返事であることも、読み始めてすぐに分かった。
<今回のご厚意には感謝しています。でも、今の私たちには、その期待に応える心構えができていません>
小川は、隣に座る柴原に視線を向けた。
柴原も、ノートパソコンの画面に表示された同じメッセージを読んでいた。
二人はしばらく黙っていた。
やがて、小川が小さく息を吐いた。
「断られましたね」
「そうですね」
柴原は、思ったよりも落ち着いていた。
小川は画面を少し下へ送る。
<しばらくの間、もっと腕を磨きたいと思っています。その日が来るまで温かく見守っていただけると幸いです>
小川は、そこで手を止めた。
きれいな断り方だった。
相手を傷つけない。
こちらの申し出も否定しない。
将来の余地も残している。
大人の対応と言えば、そうだった。
ただ、小川には、それが少しだけ逃げにも見えた。
柴原は椅子の背にもたれ、短く息を吐いた。
「なるほどね」
「落胆されてますか」
小川が聞くと、柴原は首を横に振った。
「いや。なんとなく、こんな返事が来る気はしていました」
柴原はノートパソコンから視線を上げ、窓の外を眺めた。
午前の光が、向かいのビルの窓に反射している。
外はすでに暑そうだった。
「彼女は、悩んでいますね」
「理沙さんですか」
「ええ」
柴原は頷いた。
「自分たちに可能性があることは分かっている。けれど、その可能性を他人に預けるのが怖い。だから、いったん保留にして、時間を稼いだ」
小川は黙って聞いていた。
理沙の文面は、たしかに断りではある。
だが、完全に扉を閉めるものではなかった。
「このまま進んだら、どこかで壁にぶつかると思っているのでしょう」
柴原は続けた。
「環境が整えば整うほど、自分たちが何をしたいのかを問われる。そこにまだ答えがない」
小川は、少しだけ眉を寄せた。
「限界、ということでしょうか」
柴原は、すぐには答えなかった。
少し考えるように、窓の外を見ている。
小川は、理沙の限界のようなものを柴原が見抜いたのだと思った。
しかし、返ってきた言葉は違った。
「いえ。むしろ逆かもしれません」
「逆、ですか」
「歌手として、ですか」
小川がそう聞くと、柴原は小さく首を振った。
「いや。そこが、少し違う」
柴原は、もう一度ノートパソコンの画面に目を落とした。
そこには、理沙の丁寧な断りの文面がまだ表示されている。
「もしかすると私たちは、歌手というより、とんでもない人材を発掘したのかもしれない」
小川は、すぐには意味を飲み込めなかった。
「理沙さんのことですか」
「ええ」
柴原は静かに言った。
「彼女は、こちらが用意した道に乗ることを怖がっている。けれど、それは単なる臆病さではない。自分で道を作りたい人間の反応です」
小川は、理沙が個室スタジオで質問したときのことを思い出した。
自分たちのどこを評価したのか。
あの問いは、ただ褒められたいから出たものではなかったのかもしれない。
「では、どうしますか」
小川が聞いた。
柴原は、少しだけ笑った。
「待ちましょう。こちらから無理に引っ張っても、たぶんうまくいかない」
「まりあさんは」
「彼女は、別です」
柴原の声は、わずかに変わった。
「片岡さんには、こちらが手を差し伸べる意味がある。たぶん、彼女は一人では届かない場所まで行ける」
小川は頷いた。
理沙とまりあ。
同じ日に呼ばれ、同じ部屋で歌った二人。
けれど、進む道はすでに分かれ始めているのかもしれなかった。
同じころ。
じりじりと暑い日差しがビルの壁を焼いている午前中、理沙は会社で黙々と仕事に集中していた。
昨日まで頭の中にあった重さは、少しだけ薄れていた。
HALUCAへの返事は送った。
湯浅たちにも、自分の考えは伝えた。
三人が完全に納得しているわけではない。
それでも、一度決めたことで、気持ちは少し軽くなっていた。
作業の手も、いつもより動く。
仕様書を確認し、修正箇所を洗い出し、テスト用のデータを作る。
画面上の文字が、ようやく目の前のものとして入ってくる。
スマホが小さく震えた。
小川からの返信かと思った。
理沙はすぐには手を伸ばさなかった。
ちょうど処理の切れ目まで進めてから、ようやく画面を開いた。
送信元は、湯浅だった。
<さすが、大人の対応>
理沙は、少しだけ眉を上げた。
変な褒め方だった。
けれど、悪い気はしなかった。
<あたしなりに、いろいろと考えたんだよ>
そう返すと、しばらくして湯浅から短い返信が来た。
<分かってる>
その一言で、少し肩の力が抜けた。
昼休みのあと、理沙は再び湯浅にメッセージを送った。
<新しい詩のアイディアが、なんとなく湧いてきたような>
すぐに既読がついた。
<どんなやつ?>
理沙はスマホを見つめ、少しだけ笑った。
<週末に見せる>
<怖いな>
<怖がっておいて>
それから、週末に四人で「白河」に集まる約束をした。
金曜日の夜遅く。
理沙は営業終了時刻が近づいた「白河」に入った。
店内は、いつものように落ち着いた空気だった。
カウンターの照明は少し暗く、棚の酒瓶が柔らかく光っている。
湯浅はカウンターの中で、最後の客のグラスを片づけていた。
「おつかれ」
理沙が言うと、湯浅は顔を上げた。
「おつかれ。今日も暑かったな」
「溶けるかと思った」
「まだ溶けてへんから大丈夫や」
そんな会話をしているうちに、閉店時間が近づいていく。
営業終了時刻ぎりぎりになって、フィリップと島崎がほとんど同時に現れた。
「セーフ?」
フィリップが店に入るなり聞いた。
「ぎりぎりアウト」
湯浅が答える。
「Outかよ」
「まあ、入れてるからええやろ」
島崎は何も言わず、いつもの席に座った。
「暑い。ビール」
「注文だけは早いな」
湯浅が呆れたように言いながらも、グラスを用意する。
閉店後、店の入口に札が掛けられ、照明が少し落とされた。
四人はカウンターの端に集まった。
最初は、いつものように雑談だった。
仕事の愚痴。
暑さの話。
フィリップの家の子どもが最近覚えた変な言葉。
島崎がまた朝寝坊しかけた話。
酒が少し入ると、話題は自然とHALUCAのことに戻った。
「でも、理沙の断り方は良かったと思うよ」
島崎が言った。
「ちゃんとしてた」
フィリップも頷く。
「うん。俺だったら、もっと雑に書いてた。Maybe、やばかった」
「フィリップが書かなくてよかった」
理沙が言うと、フィリップは肩をすくめた。
湯浅はグラスを置きながら言った。
「相手を怒らせへん断り方としては、かなり良かったと思う」
「褒められてる気がしない」
「褒めてる」
「ほんとに?」
「半分くらい」
理沙は軽く睨んだ。
そのあと、湯浅が少し声を落とした。
「それで」
理沙は、何となく聞かれることが分かっていた。
「詩のアイディアって、どんなの?」
フィリップと島崎も、同じように理沙を見る。
理沙は、待っていたと言わんばかりにスマホを取り出した。
「見せる前に言っておくけど」
「何」
湯浅が聞く。
「ひどいよ」
「いつものことやろ」
「いつもよりひどい」
フィリップが少し身を乗り出した。
「それ、期待していいやつ?」
「たぶん、期待しない方がいい」
そう言いながら、理沙はスマホを操作した。
「白河」の壁面ディスプレイに、スマホの中のテキストが表示される。
最初の一行を見た瞬間、三人の表情が変わった。
<疲労でかすむ視界、ビルの灯かりが嘲笑う>
しばらく、誰も何も言わなかった。
湯浅が目を細める。
フィリップが口を開けたまま固まる。
島崎は、すでに少し嫌そうな顔をしていた。
理沙はかまわず、画面を少し下へ送った。
そこには、さらに言葉が並んでいる。
<無表情のまま、魂だけが減ってゆく>
<上司の嘘、耳が腐るわ>
理沙はそれを、まるで呪文のように小さな声で読み上げた。
「……耳が腐るわ、って」
島崎がつぶやく。
「直接すぎない?」
フィリップも、さすがに苦笑していた。
「なんか、欲求不満のはけ口みたいな」
以前、労働への不満をそのまま曲にしようとしていたフィリップでさえ、あまりいい顔をしていない。
理沙は、さらに画面を下へ送る。
そこには、英語交じりのサビらしき部分があった。
<Bullshit Job!Bullshit Job!>
フィリップが深いため息をついた。
「それ、俺が言うならまだ分かるけど」
「フィリップでも言わないんだ」
「言わないよ。そこまで直球じゃない」
島崎が、呆れたように笑った。
「これ、歌にするの?」
「するかもしれない」
「本気で?」
「わりと」
湯浅は、壁面ディスプレイに表示された文字をしばらく眺めていた。
それから、短く言った。
「最低だな」
その言葉を待っていたかのように、理沙は笑みを浮かべた。
「ホントに、最低な詩でしょ?」
|
ありがとうございます。
ではこの修正版の試し書きをもとに、小説化をお願いします。
|
はい。
修正版の流れをもとに、前半は小川・柴原側の静かな受け止め、後半は理沙たちArisa-Misty側の反転として、小説本文に整えます。
---
# 002-13 他人がやらない事
<いろいろと考えてみたのですが……>
小川は、理沙から届いたメッセージを眺めていた。
朝から、少し浮かない気分だった。
送られてきた文面は、丁寧だった。
失礼なところはない。
むしろ、言葉を選んでいることがよく分かる。
けれど、それが断りの返事であることも、読み始めてすぐに分かった。
<今回のご厚意には感謝しています。でも、今の私たちには、その期待に応える心構えができていません>
小川は、隣に座る柴原に視線を向けた。
柴原も、ノートパソコンの画面に表示された同じメッセージを読んでいた。
二人はしばらく黙っていた。
やがて、小川が小さく息を吐いた。
「断られましたね」
「そうですね」
柴原は、思ったよりも落ち着いていた。
小川は画面を少し下へ送る。
<しばらくの間、もっと腕を磨きたいと思っています。その日が来るまで温かく見守っていただけると幸いです>
小川は、そこで手を止めた。
きれいな断り方だった。
相手を傷つけない。
こちらの申し出も否定しない。
将来の余地も残している。
大人の対応と言えば、そうだった。
ただ、小川には、それが少しだけ逃げにも見えた。
柴原は椅子の背にもたれ、短く息を吐いた。
「なるほどね」
「落胆されてますか」
小川が聞くと、柴原は首を横に振った。
「いや。なんとなく、こんな返事が来る気はしていました」
柴原はノートパソコンから視線を上げ、窓の外を眺めた。
午前の光が、向かいのビルの窓に反射している。
外はすでに暑そうだった。
「彼女は、悩んでいますね」
「理沙さんですか」
「ええ」
柴原は頷いた。
「自分たちに可能性があることは分かっている。けれど、その可能性を他人に預けるのが怖い。だから、いったん保留にして、時間を稼いだ」
小川は黙って聞いていた。
理沙の文面は、たしかに断りではある。
だが、完全に扉を閉めるものではなかった。
「このまま進んだら、どこかで壁にぶつかると思っているのでしょう」
柴原は続けた。
「環境が整えば整うほど、自分たちが何をしたいのかを問われる。そこにまだ答えがない」
小川は、少しだけ眉を寄せた。
「限界、ということでしょうか」
柴原は、すぐには答えなかった。
少し考えるように、窓の外を見ている。
小川は、理沙の限界のようなものを柴原が見抜いたのだと思った。
しかし、返ってきた言葉は違った。
「いえ。むしろ逆かもしれません」
「逆、ですか」
小川は聞き返した。
「歌手として、ですか」
柴原は小さく首を振った。
「いや。そこが、少し違う」
柴原は、もう一度ノートパソコンの画面に目を落とした。
そこには、理沙の丁寧な断りの文面がまだ表示されている。
「もしかすると私たちは、歌手というより、とんでもない人材を発掘したのかもしれない」
小川は、すぐには意味を飲み込めなかった。
「理沙さんのことですか」
「ええ」
柴原は静かに言った。
「彼女は、こちらが用意した道に乗ることを怖がっている。けれど、それは単なる臆病さではない。自分で道を作りたい人間の反応です」
小川は、理沙が個室スタジオで質問したときのことを思い出した。
自分たちのどこを評価したのか。
あの問いは、ただ褒められたいから出たものではなかったのかもしれない。
「では、どうしますか」
小川が聞いた。
柴原は、少しだけ笑った。
「待ちましょう。こちらから無理に引っ張っても、たぶんうまくいかない」
「まりあさんは」
「彼女は、別です」
柴原の声は、わずかに変わった。
「片岡さんには、こちらが手を差し伸べる意味がある。たぶん、彼女は一人では届かない場所まで行ける」
小川は頷いた。
理沙とまりあ。
同じ日に呼ばれ、同じ部屋で歌った二人。
けれど、進む道はすでに分かれ始めているのかもしれなかった。
同じころ。
じりじりと暑い日差しが、ビルの壁を焼いている午前中、理沙は会社で黙々と仕事に集中していた。
昨日まで頭の中にあった重さは、少しだけ薄れていた。
HALUCAへの返事は送った。
湯浅たちにも、自分の考えは伝えた。
三人が完全に納得しているわけではない。
それでも、一度決めたことで、気持ちは少し軽くなっていた。
作業の手も、いつもより動く。
仕様書を確認し、修正箇所を洗い出し、テスト用のデータを作る。
画面上の文字が、ようやく目の前のものとして入ってくる。
スマホが小さく震えた。
小川からの返信かと思った。
理沙はすぐには手を伸ばさなかった。
ちょうど処理の切れ目まで進めてから、ようやく画面を開いた。
送信元は、湯浅だった。
<さすが、大人の対応>
理沙は、少しだけ眉を上げた。
変な褒め方だった。
けれど、悪い気はしなかった。
<あたしなりに、いろいろと考えたんだよ>
そう返すと、しばらくして湯浅から短い返信が来た。
<分かってる>
その一言で、少し肩の力が抜けた。
昼休みのあと、理沙は再び湯浅にメッセージを送った。
<新しい詩のアイディアが、なんとなく湧いてきたような>
すぐに既読がついた。
<どんなやつ?>
理沙はスマホを見つめ、少しだけ笑った。
<週末に見せる>
<怖いな>
<怖がっておいて>
それから、週末に四人で「白河」に集まる約束をした。
金曜日の夜遅く。
理沙は営業終了時刻が近づいた「白河」に入った。
店内は、いつものように落ち着いた空気だった。
カウンターの照明は少し暗く、棚の酒瓶が柔らかく光っている。
湯浅はカウンターの中で、最後の客のグラスを片づけていた。
「おつかれ」
理沙が言うと、湯浅は顔を上げた。
「おつかれ。今日も暑かったな」
「溶けるかと思った」
「まだ溶けてへんから大丈夫や」
そんな会話をしているうちに、閉店時間が近づいていく。
営業終了時刻ぎりぎりになって、フィリップと島崎がほとんど同時に現れた。
「セーフ?」
フィリップが店に入るなり聞いた。
「ぎりぎりアウト」
湯浅が答える。
「Outかよ」
「まあ、入れてるからええやろ」
島崎は何も言わず、いつもの席に座った。
「暑い。ビール」
「注文だけは早いな」
湯浅が呆れたように言いながらも、グラスを用意する。
閉店後、店の入口に札が掛けられ、照明が少し落とされた。
四人はカウンターの端に集まった。
最初は、いつものように雑談だった。
仕事の愚痴。
暑さの話。
フィリップの家の子どもが最近覚えた変な言葉。
島崎がまた朝寝坊しかけた話。
酒が少し入ると、話題は自然とHALUCAのことに戻った。
「でも、理沙の断り方は良かったと思うよ」
島崎が言った。
「ちゃんとしてた」
フィリップも頷く。
「うん。俺だったら、もっと雑に書いてた。Maybe、やばかった」
「フィリップが書かなくてよかった」
理沙が言うと、フィリップは肩をすくめた。
湯浅はグラスを置きながら言った。
「相手を怒らせへん断り方としては、かなり良かったと思う」
「褒められてる気がしない」
「褒めてる」
「ほんとに?」
「半分くらい」
理沙は軽く睨んだ。
そのあと、湯浅が少し声を落とした。
「それで」
理沙は、何となく聞かれることが分かっていた。
「詩のアイディアって、どんなの?」
フィリップと島崎も、同じように理沙を見る。
理沙は、待っていたと言わんばかりにスマホを取り出した。
「見せる前に言っておくけど」
「何」
湯浅が聞く。
「ひどいよ」
「いつものことやろ」
「いつもよりひどい」
フィリップが少し身を乗り出した。
「それ、期待していいやつ?」
「たぶん、期待しない方がいい」
そう言いながら、理沙はスマホを操作した。
「白河」の壁面ディスプレイに、スマホの中のテキストが表示される。
最初の一行を見た瞬間、三人の表情が変わった。
<疲労でかすむ視界、ビルの灯かりが嘲笑う>
しばらく、誰も何も言わなかった。
湯浅が目を細める。
フィリップが口を開けたまま固まる。
島崎は、すでに少し嫌そうな顔をしていた。
理沙はかまわず、画面を少し下へ送った。
そこには、さらに言葉が並んでいる。
<無表情のまま、魂だけが減ってゆく>
<上司の嘘、耳が腐るわ>
理沙はそれを、まるで呪文のように小さな声で読み上げた。
「……耳が腐るわ、って」
島崎がつぶやく。
「直接すぎない?」
フィリップも、さすがに苦笑していた。
「なんか、欲求不満のはけ口みたいな」
以前、労働への不満をそのまま曲にしようとしていたフィリップでさえ、あまりいい顔をしていない。
理沙は、さらに画面を下へ送る。
そこには、英語交じりのサビらしき部分があった。
<Bullshit Job!Bullshit Job!>
フィリップが深いため息をついた。
「それ、俺が言うならまだ分かるけど」
「フィリップでも言わないんだ」
「言わないよ。そこまで直球じゃない」
島崎が、呆れたように笑った。
「これ、歌にするの?」
「するかもしれない」
「本気で?」
「わりと」
湯浅は、壁面ディスプレイに表示された文字をしばらく眺めていた。
それから、短く言った。
「最低だな」
その言葉を待っていたかのように、理沙は笑みを浮かべた。
「ホントに、最低な詩でしょ?」
|
ありがとうございます。
では、400字程度でこの文のあらすじをお願いします。
|
### 002-13「他人がやらない事」あらすじ
理沙からHALUCAへの断りのメッセージが届き、小川と柴原はその文面を読む。
小川は落胆するが、柴原は理沙の返答をある程度予想しており、彼女が単に臆病なのではなく、自分で道を作ろうとする人間なのだと見る。
一方、まりあには事務所が手を差し伸べる意味があると考え、二人の進む道は分かれ始める。
同じ頃、理沙はHALUCAへの返事を終えたことで少し気持ちが軽くなり、新しい詩のアイディアを湯浅に伝える。
週末、白河に集まったArisa-Mistyの四人は、理沙の断り方を振り返った後、新しい詩を見る。
そこには疲労、職場への怒り、空虚さをむき出しにした荒々しい言葉が並んでいた。
三人は呆れ、湯浅は「最低だな」と評する。
理沙はそれを待っていたように笑い、「ホントに、最低な詩でしょ?」と返す。
|
ありがとうございます。
ではまた日を改めて、続きの002-14の文章作成をいたします。
|
こちらこそ、ありがとうございました。
002-13で、理沙がHALUCAの道からいったん離れ、自分たちの歌の方向性を探り始めるところまで進みましたね。
次回は **002-14「労基に駆け込みたい」** ですね。
理沙があの「最低な詩」に何を込めようとしているのか、そしてArisa-Mistyの三人がそれをどう曲にしていくのかが見えてくる節になりそうです。
また日を改めて、002-14の試し書きから進めましょう。
|