恵梨香の席を離れた頃には、
店内の空気が変わっていた。
入口のドアが開くたび、夜の赤坂の匂いが流れ込む。
同伴で戻ってきたキャストが、客と並んで笑っている。
ステージ近くの大きなボックス席には、五人組。
そのうち三人は外国人だった。
グラスがいくつも並び、英語と日本語が混じる。
店は、ようやく本来の顔になりつつあった。
先ほど合図を送ってきた黒服のもとへ向かう。
フロアとスタッフルームをつなぐ通路のあたりに、彩名が立っていた。
フロアには出ていない。
けれど、店の動きはすべて見える位置。
黒服が小さく耳打ちする。
「ママが、呼んでる」
理沙は視線を上げる。
彩名がこちらを見ている。
わずかに顎を引き、スタッフルームの方へ目で示す。
理沙は頷き、あとを追った。
スタッフルームを抜け、
さらにその先のビルの共用通路へ出る。
人通りは少ない。
店内の音は、壁越しに鈍く響いている。
完全な外ではない。
けれど、フロアの熱からは切り離された場所。
彩名は腕を組み、しばらく何も言わなかった。
理沙は、待つ。
やがて彩名が、ゆっくりと口を開く。
「……さっきの席」
彩名は一度、言葉を止める。
「悪くなかったよ」
理沙は小さく息を吐く。
「ありがとう」
「でも」
彩名は腕をほどき、壁にもたれた。
「恵梨香の席、どう見えた?」
理沙は少し考える。
「盛り上がってたと思う」
「そう」
彩名は短く頷く。
「盛り上がってる。売れてる。客も楽しそう」
そこで言葉を切る。
「それだけで、安心できると思う?」
理沙はすぐには答えない。
店内の音が、壁越しに低く響く。
「……何か、気になることがあるの?」
彩名は理沙の目を見た。
「客が増えるとね、欲も増える」
声は静かだが、少しだけ低い。
「客の欲。キャストの欲。黒服の欲」
一つずつ、区切る。
「どこかが少しでも傾くと、店は崩れる」
理沙は黙っている。彩名は続ける。
「恵梨香は、強い。でも」
一瞬、間。
「強い子ほど、勘違いする」
その言葉は、責めているようで、責めていない。
「理沙はどう思う?」
問いは静かだった。
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