核融合推進システムの100パーセント出力テストに向けて、理沙は準備を進めていた。
数日前に実施した70パーセント出力テストで残った課題。
その対応のため、この数日はカダラシュの技術者と回線越しに議論を重ねてきた。
プラズマ安定化のための制御モデルも、ようやく形になりつつある。
今日はわずかに肩の力が抜けた状態で、制御システムのコンソールパネルに向かい、静かに指を動かしていた。
気持ちに余裕が生まれると、意識は自然と別の方向へと流れていく。
2か月前、「エンデヴァー」に到着した直後のことが、ふと頭をよぎった。
乗組員11人に迎えられ、ひと通りの挨拶を終えると、理沙はすぐにルーニー船長と2人きりで会議室に入った。
事前に受け取っていた引継ぎ資料とスケジュールにはすでに目を通してあり、その内容について率直な所感を述べる。
続けて、推進システムが抱える現状の課題と、それに対する自分なりの対策案を説明した。
船長は静かに頷きながら聞いていたが、ひと通り話が終わると、「さっそく始めてくれ」と短く告げた。
それからしばらくは、中国の最近の動向について、互いに断片的な情報をつなぎ合わせるような雑談が続いた。
やがて会話が途切れる。短い沈黙が室内に落ちた。
船長は一度呼吸を整え、わずかに視線を伏せてから、再び口を開いた。
「それでさっそく、例の件だが……」
理沙は何も言わず、船長の目をまっすぐに見返した。
次に出てくる言葉を待つ。
船長は、つい先ほどの歓迎の場での出来事を淡々と語り始めた。
搭乗口から船内に入った理沙は、船長を先頭に、乗組員ひとりひとりと握手を交わした。
その中で、メリッサ・ランプリングと手を取ったときのことだった。
理沙はいつも通りの笑顔で握手をしたが、メリッサの表情に、ごくわずかな違和感が浮かんだ。
「ヘルスモニターが、ちょっとだけアラートをあげていた」
船長の声は落ち着いていたが、その内容は軽くはなかった。
理沙が全身の三分の二をサイボーグ化していることは、乗組員全員が承知している。
合成皮膚の触感は人肌に近い。
それでも、触れた瞬間のほんのわずかな差異は、感覚の鋭い者には分かることがある。
理沙は確認するように、船長の手を取った。
わずかな間。船長は少し照れたように笑い、理沙の手をやわらかくほどいた。
「そういう事ではないんだ」
その表情がすぐに消え、再び真顔に戻る。
周囲に人の気配がないことを確かめると、船長は声のトーンを落として言った。
「システムの、将来リスク予測が反応していた」
その一言で、場の空気が変わった。
理沙もまた、無言のまま表情を引き締める。しばし沈黙が続き、やがて理沙が口を開いた。
「この件について知っているのは?」
「まだ、この場にいる私たちだけだ」
短い応答。
理沙は腕を組み、天井に視線を向けて考える。
「それが、例の件ね……」
数秒の間を置いて、再び視線を船長に戻した。
「彼女も、交代させるつもり?」
理沙の前任者は、公式には体調不良で交代したことになっている。
しかし、その内実を知らない者はいない。
船長はすぐには答えず、わずかに視線を逸らした。考えるように沈黙し、やがて静かに言った。
「少しだけ考えさせてほしい」
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