大統領の記者会見は、予定通り短いものだった。
全体で15分程度。だが、休憩中に会議室でそれを眺めていた6人にとっては、単なる時間つぶしや眠気覚まし以上の意味を持つことになる。
<彼らの最後のあがきにとどめを刺し……>
画面の中で語られる言葉は、いつもと変わらない調子だった。
語気は強く、断定的で、聞く者の感情をあおるように設計されている。
しかしその一方で、具体的なプランは一切示されない。
理沙は腕を組んだまま、その内容を半ば流すように聞いていた。
おそらくは来年の中間選挙を見据えた発言だろう。そう思いながら、ディスプレイの端に視線を移す。
だが、次のひとことが、その場の空気をわずかに変えた。
<彼らよりも先に土星に到着し、タイタンに星条旗を立てる>
理沙は無意識のうちに顔を上げていた。
ほぼ同時に、隣に立っていた船長も視線をこちらに向ける。
2人は言葉を交わさない。ただ、一瞬だけ目を合わせる。それだけで十分だった。
会議室の中では誰も声を上げない。
だが、それぞれが同じ違和感を感じ取っているのが分かる。
理沙は、別の場所でこの映像を見ているはずのデイビッドの反応を想像した。おそらく、いつもの調子で毒づいているだろう。
ブラックジョークかよ、と。
画面の中の大統領は、わずかな間を置いたあと、最後の一言を述べる。
<私は、FSDD長官に「エンデヴァー」を土星に向かわせるように指示をした>
その瞬間、言葉の重さが変わった。
会見はそこで終わる。
だが、映像が切り替わるよりも早く、マルチ画面の片隅に表示されていたレイラが動いた。
「船長、さっそく長官に確認を」
レイラの声はいつも通り落ち着いていたが、反応は速かった。
すでに仕事として捉えているのが分かる。
これまでも、こうした発言は何度もあった。
現場への根回しもなく、思いつきのように放たれる言葉。それがそのまま現実になることはほとんどない。
ただ国民の関心を引くためのもの――そう理解してきたし、今回もそうであってほしいと、どこかで思っていた。
船長は無言でコンソールに手を伸ばし、長官への問い合わせメッセージを送ろうとする。
その指先が操作パネルに触れる直前、通信画面が自動的に切り替わった。
FSDD長官からのメッセージが、先に届いた。
<大統領の演説に、皆が困惑しているだろうと思い、さっそく連絡した>
その一文だけで、状況の重さは十分に伝わった。
作業中だった他の4人も、次々と会議室へと集まってくる。
休憩中だった6人はそのままマルチ画面を通じて接続され、12人全員が同じ場にいる状態が作られる。
「相変わらずの無茶振りですよね」
レイラが淡々と言う。
その言葉は、いつもであれば軽い笑いを誘うはずのものだった。
しかし、誰も反応しない。
わずかな沈黙が流れる。誰もが言葉を選びあぐねているようだった。
それでも、表情そのものはまだ完全には硬直していない。どこかで、まだ冗談の延長として処理しようとしている空気が残っている。
「いつものブラックジョークだよ」
少し遅れて、デイビッドの声が割って入る。
予想通りの反応だったが、その軽さは場の空気をほぐすには至らなかった。
誰も笑わない。ただ、短く視線を交わすだけで終わる。
船長は腕を組んだまま、先ほどの長官の言葉を小さく繰り返す。
確認するように、あるいは噛み締めるように。
大統領は、直接「エンデヴァー」を動かす権限を持っているわけではない。
FSDD参加各国の同意、米国議会の承認、その他さまざまな手続きが必要となる。
そうしたプロセスを経て初めて、ミッションの変更は正式な決定となる。
原則として、ではあるが。
その言葉のあとに続くものを、誰も口にしなかった。
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