エアロックが開く。
減圧表示が消え、内側のハッチがゆっくりと開いていった。
その向こうに、船外活動服を着た3人の姿が現れる。
数秒の静寂。
そして次の瞬間、待ち構えていた9人が一斉に動いた。
無事に「エンデヴァー」へ帰還した3人を、乗組員たちが迎える。
デイビッドがヘルメットを外し、大きく息を吐く。エドガーも、ようやく緊張から解放されたように肩の力を抜いた。
そしてメリッサは、ヘルメットを外すと真っ先に皆の方へ飛び込んでいった。
しかし、最初に彼女を受け止めたのは船長ではなかった。
レイラだった。
いつもは冷静沈着で、淡々とした口調のまま鋭い指摘を飛ばす彼女が、今はメリッサを強く抱きしめていた。
レイラの目には涙が浮かんでいる。
メリッサもまた、何も言わずに彼女へ抱きついていた。
その光景を見て、理沙は少しだけ目を細める。
レイラが、こんなふうに感情を表に出すのを初めて見た気がした。
そのあと、メリッサは一人ひとりと抱き合った。
アンジェラ。
イライザ。
アルヴィン。
トリスターノ。
順番に。
理沙もまた、近づいてきたメリッサを静かに受け止める。
抱きしめた瞬間、彼女の身体がまだわずかに震えているのがわかった。
だが、船長とメリッサの間だけは、どこか空気が違っていた。
理沙は、もっと感情的な再会になるのではないかと、半ば予想していた。
だが実際には、2人は数秒間見つめ合い、そして軽く抱き合っただけだった。
短い。
あまりにも短い。
そこには、安堵だけではない、別の感情が混じっているようにも見えた。
それから数日後。
着陸船事故についての整理は、驚くほど淡々と進んだ。
最終的に、この件は操作上のインシデントとして処理されることになる。
メリッサの操作ログ。
ヘルスチェックモニターの記録。
着陸船システムデータ。
その他、事故関連データはすべて保存され、FSDD側で分析が続けられることになった。
しかし、それ以上の追及は行われなかった。
乗組員たちもまた、何事もなかったかのように、それぞれの作業へ戻っていく。
土星での調査。
通信インフラ整備。
タイタン関連作業。
「エンデヴァー」は再び日常へ戻ろうとしていた。
もっとも、その“日常”そのものが、既に以前とは少し違っていたが。
「予想通りでしたね」
何度目になるかわからない、船長と2人だけの会話。
会議室には理沙と船長しかいない。
以前よりも、2人で向き合う時間は増えていた。
だが、今回ばかりは空気が違った。
もう実際に事が起きてしまった後だからだ。
理論上のリスクではない。
現実。
あと一歩で3人が死んでいた。
そして――メリッサは責任追及されなかった。
理沙は、目の前の船長をしっかりと見つめる。
船長もまた、視線をそらさない。やがて、彼は静かに言った。
「されなかったというよりは、できなかったと言った方が正しいかな」
その言葉に、理沙は小さくうなずく。
「返り血を浴びますからね」
会議室の空気が冷える。
今までにはなかった種類の沈黙だった。
理沙も、船長も、お互いに同じ事実を理解している。
だが、それ以上を言葉にはしない。
しばらくして、その空気を和らげたのは理沙の方だった。
「でも、たぶん……」
彼女の脳裏に、以前メリッサと通路で立ち話をした時のことがよみがえる。
あの緊張した空気の中。
ほんの些細な会話。
だがその中で、理沙は何かを感じ取っていた。
「彼女は大丈夫ですよ。これからも」
しばらく間が空く。
船長は視線を落としたまま、小さくつぶやいた。
「そうだな……」
そして、理沙はさらに続ける。
「でも……FSDDはこれからもずっと、嘘をつき続けなくてはいけない」
お互い、何について言っているのか理解している。
だが、その核心だけは口にしない。
沈黙のあと、理沙が静かに言う。
「いつか、誰かがあの件で責任をとらないといけないでしょうね」
船長は、一瞬だけ何かを言いかけた。
しかし、結局そのまま口を閉ざした。
会議室には再び静寂が戻る。
そして、そのまま2人の会話は終わった。
|